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13:アルトル・ジーケルト
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春海にとって、勉強はとても楽しかった。
人付き合いと違って、勉強は必ず結果が返ってくる。
何が正解なのか、何が不正解なのか、そこには明確な答えがある。
その上、家庭教師から出されるテストで良い点を取れば、みんな褒めてくれた。
ミヒャエルの両親とは、今は顔を合わせる機会が少なくなってしまい、春海がここにいる意味が分からないような状態だったけれど、ミヒャエルが優秀でいることは、きっとあの両親にも利点があるはずだ。
「ね? そうだよね?」
ミヒャエルの両親にも利点があるだろうと近くに居た使用人の女性に尋ねると、彼女は困惑した表情で春海を見た。
「あの……もちろん、ミヒャエル様が優秀であられたら、旦那様も奥様もお喜びになられると思いますが、それは、利点や不利点で語る話ではございません。旦那様も奥様も、ミヒャエル様が元気にお過ごしになっているだけで、お喜びになられます」
「で、でも、たくさんのことが出来るようになれば、たくさんの人から愛されるって、エリーゼが言ってたのに」
「確かに、出来ないよりも出来た方が愛されることが多いかもしれません。ですが、優秀であるというのは、利点があるから愛されるのではなく、そこに至る努力を見られてのことと私は思います」
「……よく分かんないや」
「ハルミ様も利点や不利点などを考えて、人付き合いなどをされないでしょう?」
彼女の言葉に、春海は首を傾げた。
「僕は……考えるよ。だって、褒めてもらいたいから頑張るとかって、利点があるから頑張ってるってことでしょ?」
「……確かに、そういうこともあるとは思いますが。でもそれは、利点を考えているというよりは、頑張ったことに対しての報酬を求めているという風に感じます」
「何が違うの?」
彼女の話は春海には難しく感じた。
けれど、春海の質問に、彼女の方も難しい顔で首を傾げた。
「……何でしょう。聞かれてみれば私にも分かりません」
「やっぱ、難しい問題だね」
「ふふ。そうですね」
「あ、でも僕、褒められる為に勉強しているみたいなところがあるけど、でも、誰でも良い訳じゃなくて、特別に褒めてもらいたい人がいるんだ」
「そうなのですか? それは初めて知りました。どなたですか? ああ、家庭教師の方?」
彼女は驚いた顔で春海を見た。
その彼女の表情に春海はくふふと笑う。
「内緒」
「……なるほど」
彼女は、そう言って頷いた。
春海を見て意味深に笑っているような気がしたが、それ以上詮索されることもなかったので、春海は今日気になっていたことを口にした。
「そういえば今日は珍しく、エリーゼを見ていないけど、何かあったの?」
「はい。今日はユリウス様の専属侍女の体調不良で、エリーゼが代わりに入っているのですよ」
「そうなんだ。パッと代われるなんてエリーゼは優秀な侍女なんだね」
「はい。彼女はディクソン家に昔から勤めていて旦那様方から一番信頼されている侍女ですから」
「へぇ」
春海から見てエリーゼは昔から勤めているような年齢には思えなかったが、幼い頃から侍女として働くということもあるらしい世界なので、特に疑問には思わなかった。
「今日は家庭教師は来られませんし、夕食の時間までごゆっくりお過ごしください。ハルミ様はいつも頑張っておられますから、たまには息抜きが必要ですよ。それでは夕飯の時間まで失礼いたします。何かございましたら、ベルでお知らせください」
「うん。ありがとう」
最近は勉強漬けの日々を送っていたので、急にポカリと時間が空くと何をして良いか分からない。ソファに座っていた春海は、結局落ち着かずに勉強道具を取り出した。
けれど、それを広げる前に部屋にノックの音が響いた。
誰が入ってくるのか分からないので一応お面をつけて、「はい」と返事をすると、すらりとした見覚えのある男性が入ってきた。濃いグレーの髪を長く伸ばした男性は、以前ユリウスと話していた人物だ。男性は入ってきてから、無言でジッと春海を見つめ、無言のままだ。
「……あの?」
「……失礼いたしました。私はアルトル・ジーケルトと申します。ハルミ様」
「えっ。僕の名前」
「ええ。失礼ですが、調べさせていただきました。少々骨が折れましたが。なにせ、ディクソン家の使用人達は、あなたの存在をひた隠しにしようとなさっておいででしたので。ですが、流石に人1人を隠し通すのは難しいですよ。家庭教師など外部からも人を雇っておいでのようですし」
何の感情もないような、抑揚のない話し方だ。
冷たいように聞こえるが、感情が見えないからなのか逆になぜか怖く感じなかった。
人付き合いと違って、勉強は必ず結果が返ってくる。
何が正解なのか、何が不正解なのか、そこには明確な答えがある。
その上、家庭教師から出されるテストで良い点を取れば、みんな褒めてくれた。
ミヒャエルの両親とは、今は顔を合わせる機会が少なくなってしまい、春海がここにいる意味が分からないような状態だったけれど、ミヒャエルが優秀でいることは、きっとあの両親にも利点があるはずだ。
「ね? そうだよね?」
ミヒャエルの両親にも利点があるだろうと近くに居た使用人の女性に尋ねると、彼女は困惑した表情で春海を見た。
「あの……もちろん、ミヒャエル様が優秀であられたら、旦那様も奥様もお喜びになられると思いますが、それは、利点や不利点で語る話ではございません。旦那様も奥様も、ミヒャエル様が元気にお過ごしになっているだけで、お喜びになられます」
「で、でも、たくさんのことが出来るようになれば、たくさんの人から愛されるって、エリーゼが言ってたのに」
「確かに、出来ないよりも出来た方が愛されることが多いかもしれません。ですが、優秀であるというのは、利点があるから愛されるのではなく、そこに至る努力を見られてのことと私は思います」
「……よく分かんないや」
「ハルミ様も利点や不利点などを考えて、人付き合いなどをされないでしょう?」
彼女の言葉に、春海は首を傾げた。
「僕は……考えるよ。だって、褒めてもらいたいから頑張るとかって、利点があるから頑張ってるってことでしょ?」
「……確かに、そういうこともあるとは思いますが。でもそれは、利点を考えているというよりは、頑張ったことに対しての報酬を求めているという風に感じます」
「何が違うの?」
彼女の話は春海には難しく感じた。
けれど、春海の質問に、彼女の方も難しい顔で首を傾げた。
「……何でしょう。聞かれてみれば私にも分かりません」
「やっぱ、難しい問題だね」
「ふふ。そうですね」
「あ、でも僕、褒められる為に勉強しているみたいなところがあるけど、でも、誰でも良い訳じゃなくて、特別に褒めてもらいたい人がいるんだ」
「そうなのですか? それは初めて知りました。どなたですか? ああ、家庭教師の方?」
彼女は驚いた顔で春海を見た。
その彼女の表情に春海はくふふと笑う。
「内緒」
「……なるほど」
彼女は、そう言って頷いた。
春海を見て意味深に笑っているような気がしたが、それ以上詮索されることもなかったので、春海は今日気になっていたことを口にした。
「そういえば今日は珍しく、エリーゼを見ていないけど、何かあったの?」
「はい。今日はユリウス様の専属侍女の体調不良で、エリーゼが代わりに入っているのですよ」
「そうなんだ。パッと代われるなんてエリーゼは優秀な侍女なんだね」
「はい。彼女はディクソン家に昔から勤めていて旦那様方から一番信頼されている侍女ですから」
「へぇ」
春海から見てエリーゼは昔から勤めているような年齢には思えなかったが、幼い頃から侍女として働くということもあるらしい世界なので、特に疑問には思わなかった。
「今日は家庭教師は来られませんし、夕食の時間までごゆっくりお過ごしください。ハルミ様はいつも頑張っておられますから、たまには息抜きが必要ですよ。それでは夕飯の時間まで失礼いたします。何かございましたら、ベルでお知らせください」
「うん。ありがとう」
最近は勉強漬けの日々を送っていたので、急にポカリと時間が空くと何をして良いか分からない。ソファに座っていた春海は、結局落ち着かずに勉強道具を取り出した。
けれど、それを広げる前に部屋にノックの音が響いた。
誰が入ってくるのか分からないので一応お面をつけて、「はい」と返事をすると、すらりとした見覚えのある男性が入ってきた。濃いグレーの髪を長く伸ばした男性は、以前ユリウスと話していた人物だ。男性は入ってきてから、無言でジッと春海を見つめ、無言のままだ。
「……あの?」
「……失礼いたしました。私はアルトル・ジーケルトと申します。ハルミ様」
「えっ。僕の名前」
「ええ。失礼ですが、調べさせていただきました。少々骨が折れましたが。なにせ、ディクソン家の使用人達は、あなたの存在をひた隠しにしようとなさっておいででしたので。ですが、流石に人1人を隠し通すのは難しいですよ。家庭教師など外部からも人を雇っておいでのようですし」
何の感情もないような、抑揚のない話し方だ。
冷たいように聞こえるが、感情が見えないからなのか逆になぜか怖く感じなかった。
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