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12:家庭教師の話

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2ヶ月間寝る間も惜しんで勉強や魔法の練習などをして過ごしていると、エリーゼが手配してくれた家庭教師からはかなり褒められるようになった。最初の頃は、お面をつけているからか怪しい人間認定されていて、冷たい態度だった教師もいたけれど、春海がその態度を何も気にせずに勉学に励む姿を見て徐々にその態度は軟化していった。

「ハルミ様は、すごいですね。前回宿題に出した場所よりもだいぶ進んでいらっしゃる」
「前回先生に教えていただいたお話がとても面白くて、先が気になってしまったんです。先生のおかげで勉強がとても楽しいです」
「そうですか。では、本日はこの続きの話から始めますね」

教師は褒めるとニコニコと教えてくれる。
春海が褒められると嬉しいように、教師も褒められると嬉しいのだと知ってから、春海は感謝や尊敬の念を余さず伝えることにした。そうすると、今までだったら萎縮して話していただろう相手でも、どうしてだか萎縮することなく話すことができるようになった。

「ハルミ様は、ディクソン侯爵様の遠縁のご親戚なのでしたよね?」
「はい。田舎の出身ですので、こちらはとても楽しいです」

ディクソン侯爵家の次男であるミヒャエルが亡くなったことは、当然周知の事実で、それを受け入れられないのはディクソン侯爵夫妻だけだ。なので春海の存在は表向き、ディクソン侯爵の遠縁ということになったらしかった。

「ユリウス様は、侯爵家を継ぐ時間がないほどにお忙しくされておられますからね」
「ユリウス様はどのようなお仕事をされているのですか?」

春海が質問すると、教師は「うーん」と唸った。

「私も詳しくは分かりませんが、魔法省にお勤めのようですよ。なんでも、禁術などの取締りや、違法魔法薬の取締りなどをしているようです」
「侯爵家を継ぐよりも良かったのですか?」
「……まぁ、そうなのでしょう」

教師は少し言いづらそうにそう言った。

「魔法省は魔法に優れたエリートのみが入ることができるのです。例えそれが公爵家の方……いえ、王子殿下だったとしても、魔法省に入ることを選んでも不思議ではありません。ですがそれよりも、ユリウス様は、ここには居辛そうなご様子でしたから」
「……どうしてですか?」
「そうですね……。始めに伝えておくと今は決してそのような考えの方ばかりではないのですが、この国では少し前までは黒髪に黒目の人間は忌み嫌われていたのです」
「え……」

驚いたけれど、同時に以前ユリウスが言っていたことを思い出した。

(確かに、ユリウス様は髪色や目の色を怖がられると言ってた)

日本人として日本で生活していた春海からしたら、黒髪に黒目など違和感を抱くはずもなかったが、確かに思い返してみれば屋敷の中で働く人々は明るい髪の人間ばかりだった。

「髪色が暗い色になればなるほど、基本的には比例して魔力も高いとされています。昔の人はそのことを恐れていたのでしょう。髪色や目の色が黒に近い者ほど差別を受けていたようです。けれど時代は変わり、そのようなことも少なくなっております。ですが、ディクソン侯爵家の方は古い考えを持つ一族だったのです。ユリウス様に暴力を振るったりなどはなかったようですが、まるで居ない者かのような無関心な扱いをされていたと聞いております」
「そんな……」
「ミヒャエル様がお生まれになってからは特にその傾向が強くなって、ユリウス様は殻に閉じこもるようになっておりました」

教師の話を聞いていると、幼い頃のユリウスが1人寂しく部屋の隅にいる様子が頭に映像として浮かんだ。どうして、自分は愛されないのだろう。どうして他の兄弟は愛されて、自分だけが愛されないのだろう。自分のどこに問題があるのだろう。きっと、ユリウスはそう思ったはずだ。
それは春海自身と重なる過去だった。
ユリウスの寂しいという気持ちが、春海には痛いほど分かった。

(だから、僕はユリウス様のことが気になったのかもしれない)

どこかに自分と同じ匂いを感じて。ユリウスも、春海に自分を重ねているのかもしれない。

「ユリウス様の容姿で、いろいろ言ってくる人はいるでしょう。ですが、ユリウス様は誰よりもお優しく、お強い方です。どうか、ハルミ様にはそれを分かってほしいのです。ディクソン侯爵家をお継ぎになるのでしたら、なおさら」
「先生はどうしてそこまで……?」
「あの頃、ユリウス様の家庭教師をしていました。ですが私は、ユリウス様に何もできませんでしたから」

教師は懐かしむような、後悔するかのような遠い目で、窓の外を眺めた。

「そうなんですね」

春海はなんと返したら良いか分からずに、それだけしか答えられなかった。
春海が一番辛かった時に、本当はこんな風に思ってくれている人もいたのだろうか。今となっては、どの人とも二度と会うことはないけれど。もしも気にかけてくれていた人が一人でも居たのだとしたら、それは嬉しいことだと思った。
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