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僕の好きなところ

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それから、銀次さんは部屋についているお風呂で僕の体を洗ってくれた。
風呂から上がると只野さんが帰って来ていて、部屋の惨状を見て何が起こったのかを察してくれたみたいだった。
布団を端に寄せて散らかしてしまった部屋を掃除すると、もう夕飯の時間になった。
女将さんや他の従業員の人が懐石料理を運んできてくれて、僕たち3人は無言のまま席についた。

「俺たち、付き合うことになったから」

銀次さんが只野さんにそう言った。

「……そうか」

只野さんは何か言いたげな顔で僕と銀次さんを交互に見てから、諦めたように息を吐いた。

「只野さん、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。あの後は大丈夫でしたか」
「ああ。かなりうるさかったが只野と佐渡の名前を出したらえらくびびってすごすごと帰っていった」
「え?」
「白崎の家はまだ家格に拘っているからな……いや、あの辺りの家は大体そうか。まぁ、なんていうか、白崎家より只野と佐渡の方が奴らに言わせれば格式高く、身分も高いんだよ」

只野さんは忌々しそうにそう言った。

「それに私と佐渡は跡取り息子だ。まぁ後を継ぐ気などないがな」
「そう、だったんですか」

旧家だというのは聞いていたけど、そんなに偉い人たちだったなんて知らなかった。
でも銀次さんが後を継ぐ気がないのはきっと、司さんのことがあったからだよね。

「ほら、早く食べないと冷めちゃうよ」

銀次さんに食べるのを促され僕はやっと料理に手をつけた。
刺身や、天ぷら、ローストビーフというものまで、僕は初めて食べるものばかりだった。
白崎家の厨房で見た時はいつも美味しそうでずっと食べてみたかった。

「……美味しい」

思わずそう呟くと銀次さんは嬉しそうに僕の頭を撫でた。

「そうだね、美味しいね。今度また来ようね」
「はい!」

嬉しい。
銀次さんと『今度』また来れるんだ。
そんな何気ない先の約束が嬉しい。

銀次さんは僕のどこを好きになってくれたんだろう。
ここから帰ったら聞いてみたいな。

次の日も少しだけ観光して家に帰りついたのは午後の3時過ぎだった。
自分の家ではないけれどやっぱり帰ってくると落ち着く。
只野さんは運転をしてくれていたので余計疲れたらしく、夜はご飯を食べにくるがそれまでは家で寝ると帰っていった。

「疲れたね」
「そうですね、あ、コーヒー入れます」
「ありがとう」

ソファに座った銀次さんにコーヒーを運ぶと、銀次さんはそれを受け取って机に置いてから、僕を膝の上に乗せてくれた。背中から伝わる銀次さんの熱が暖かくて気持ちいい。

「銀次さん、好きです」
「……俺も伊月くんが好きだよ」

銀次さんが僕の首筋に顔を埋めてそう答えるので、首筋に息が当たってゾクゾクした。

「銀次さんは僕のどこを好きになってくれたんですか?」
「全部だよ」
「全部って?」
「全部は全部だよ。俺は伊月くんの全部が好きだよ」

振り返って銀次さんの表情を確認すると、いつも通りの優しい顔をしていた。
僕は安心してまた前を向いた。

「俺も少し寝てこようかな」
「あ、はい! ごゆっくり!」
「ふふ。伊月くんも少し寝たほうがいいよ」
「はい! そうします」

僕が銀次さんの上から降りると、銀次さんは2階に行ってしまった。
僕は花と野菜に水をやりに庭に出た。
水をやってから葉っぱなどの様子を見るとキュウリが小さい実をつけていた。

「わあ、これなら10日くらいしたら食べられそう」

マリーゴールドの方はもうちらほらと花を咲かせていて僕は銀次さんにすぐに報告したくなった。だけど銀次さんは寝ているので今は我慢することにした。
夕食を作って銀次さんを起こしに2階へ上がり、銀次さんの部屋の前で声をかけようとすると、中から話し声が聞こえた。
話し声と言っても昔のテープを再生しているような、ガサついた音声みたいな音だった。

『……す、……ん。……で……』

音声の音はドア越しにはほとんど聞こえなかったけど、最後はやけにはっきり聞き取れた。

『銀次様、大好きでした。すみません』

ドキっとした。
ガサついた音声でも分かるほど透き通った声だった。
司さんだ。
あの音声は司さんの声なんだ。
僕は聞いてはいけないものを聞いてしまった罪悪感で、結局銀次さんには声をかけずに1階へ戻った。
ちょうどチャイムが鳴り、只野さんが来てくれたのでその音で銀次さんも降りて来てくれた。

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