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只野

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その後は、住み込みで働くために僕の使う部屋に案内してもらった。
僕にあてがわれたのは2階の階段を上がったすぐ左の部屋だった。

「まぁ、俺一人で住んでいるから他の部屋も空き部屋で特に何もないんだけど、明日適当に見て回って自由にしていいよ。俺の部屋はここだけど、この部屋は掃除とか不要だからね」
「はい。分かりました」

銀次さんの部屋だと言われた部屋は廊下の一番奥の右側の扉だった。
掃除が必要ないってことは、ここには入らないで欲しいってことなのかな。

「俺が車を出すから明後日買い物に行こう。必要なものを買わないとね」
「え、そこまでしていただく訳には」
「いーのいーの。俺も買い物あるからついでだよ」
「えっと……ありがとうございます」

そう言うと銀次さんはまた僕の頭を撫でてくれた。

銀次さんとは部屋の前で別れて自分の部屋に入ると一人で寝るには大きすぎるベッドと膝下くらいの高さの机が置いてあった。
今まで小屋で生活していた僕にとっては豪華すぎるほどの部屋だ。
ベッドの上に寝転がってみるとふかふかで気持ちよかった。
何となく大きすぎるベットに一人で寝るのは落ち着かなかったけど目を閉じているとしっかりと眠ってしまっていて、朝日の光で目が覚めた。

慌ててキッチンの方に行くと銀次さんはすでにコーヒーを飲んでいた。

「おはよう、伊月くん」
「っおはようございます、すみません僕」
「ああ、いーからいーから。ほら、昨日コンビニでパン買っておいたんだ。一緒に食べよう?」
「あっ、ありがとうございます」

パンを食べて慌ただしく出勤する銀次さんを送り出して僕はまず夕飯の買い物に行こうと思った。預かっていた鍵で玄関の施錠をして門に向かうと向かいの家から銀次さんと同じくらいの歳の身なりの整った男性が出て来た。

「おはようございます」

挨拶をすると、その男性は訝しげに僕を見た。

「……おはようございます。君は今、佐渡の家から出て来たようだが、見ない顔だな」
「はい。僕は昨日からこちらでお世話になることになった使用人の伊月です。よろしくお願いします」
「伊月? 下の名前か?」
「はい」
「普通は初対面の相手に名乗る際は、苗字じゃないか?」
「あ、えっと。すみません。自分の名字を知らないんです。多分あるとは思うのですが」
「……そうか。失礼なことを言ってすまない」

メガネを中指でクイっと上げながら謝ってくれた男性は悪い人ではなさそうだ。

「いえ! あの、お兄さんの名前は何と言うのですか?」
「私は只野ただの たくだ」
「只野さん、よろしくお願いします!」
「ああ」

ーー向かいの家の使用人とも話してくれるし、謝ってくれるなんて良い人なんだな。

僕はその後、道ゆくお婆さんに買い物できる場所を聞きながらスーパーに向かった。
着いた場所は僕が今まで行ったことのある店よりかなり大きくて色々なものが売っていた。

「あ、銀次さんに食べ物の好き嫌い聞くの忘れてた……」

しょうがないからカレーが嫌いな人は少ないという偏見のもと今日はカレーにすることにした。
必要なものをカゴに入れて、お茶や水などの飲み物類や明日の朝ごはんになりそうなものも買った。
荷物はかなり重くなって帰り道はとても大変だった。

家について買って来たものをしまってから掃除に取り掛かる。
言いつけ通りに銀次さんの部屋以外の部屋を見て回るとどこも本当に空き部屋だった。
荷物の一つも置いてない。
多少の埃は溜まっていたものの、空き部屋の方はすぐに掃除を終わらせることができた。
キッチンやダイニングは普段使う場所だからか埃すらも溜まっていなかったのでそこの掃除もすぐに終わった。

カレーも作り終わって、銀次さんが帰ってくるのを玄関で待っていると帰って来た銀次さんと一緒に朝会った只野さんがいた。

「おかえりなさいませ」
「ただいま伊月くん、ごめんね。急で申し訳ないんだけど、こいつが飯食いたいって言うからもう一人分追加できる?」

銀次さんは本当に申し訳なさそうに聞いてくれた。

「あ、はい! 今日はカレーなので大丈夫です!」
「そう、ごめんねありがとう。朝会ったって聞いたけど一応、こいつは俺の高校の頃の同級生の只野」
「只野さん、銀次さんの同級生だったんですね。改めまして伊月です。よろしくお願いします」
「よろしく」

只野さんが朝あった時よりも柔らかい印象の表情で、銀次さんと本当に仲が良いんだろうなということがわかった。

お二人はお酒を飲むということで僕はカレーに追加で簡単なおつまみを用意して席に持っていった。

「さ、伊月くんも座って」

そうニッコリ微笑まれ僕はたじろいだ。

「今日も、僕も一緒に食べて良いんですか……?」

お客様もいらっしゃるのに、と言っても銀次さんは僕を席に座らせてくれた。
その間も只野さんは僕をじっと見ていて少しだけ居心地が悪かった。

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