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新しい旦那様は

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中は広くて綺麗な洋風の家だった。
他に使用人はいないし、今日は夕飯を2人分作っておけばいいと言われたので荷物を置いて冷蔵庫を開けてみた。冷蔵庫の中にはトマトが1個入っているだけで、後は大量のビールで埋め尽くされていた。

まだ見ぬ旦那様の健康が心配になって来た。

キッチンの引き出しや棚なども全て見てみると、日本酒や焼酎にウィスキーやブランデー、どこを見ても酒だらけで、僕はその中からやっとのことでそうめんとツナ缶を見つけ出した。

「今日のところは、そうめんで許してくれるかな……」

少し不安に思いながらも、旦那様になる方が帰宅されるという時間に合わせてそうめんを茹でてツナ缶と和えたものの上にトマトを乗せた。

ーー明日は買い物に行ってもっとちゃんと作ろう

素麺が出来上がったとほぼ同時にガチャリと玄関のドアが開く音がした。

僕が急いで玄関に行くと銀次さんがいた。

「銀次さん……? えっと、こんばんは」
「こんばんは。そして、ただいま」

そう言って笑った。

「え?」
「伊月くんに前もって言うと遠慮するかもと思って黙ってたんだ。この家は俺の家だよ」
「じゃ、じゃあ、僕の旦那様は銀次さん何ですか……?」
「ははっ。俺は旦那様って柄じゃないけど、伊月くんが嫌じゃないなら、この家の家事をしてもらえないかな」
「も、もちろんです! むしろ良いんですか、僕で」
「伊月くんみたいに真面目そうな子にやってもらえるなら、とてもありがたいよ」

そう言いながらダイニングに移動する銀次さんの後を着いて歩いた。

「あ、カバン! 持ちます」
「いーよいーよ。すぐそこだしね、お、今日は素麺? いいね」
「すみません。明日からはちゃんと作ります」
「いやいや、素麺だってちゃんとしてるよ。ごめんね、冷蔵庫何も入ってなかったでしょ。帰るときに気がついたんだけど」

それから僕がダイニングの入り口で止まって立っているのを銀次さんは不思議そうに見てきた。

「何してるの?」
「あ、すみません」

今まで黒崎家では使用人はドアの付近で待機が普通だったから、見られていると食べづらいという感覚の方もいるのを失念していた。
僕が急いでダイニングのドアを開けて出ようとすると銀次さんはちょっと待ってと止めて来た。

「そこ座って」
「……え、でも」
「2人分作っておいてって言ったでしょ? 最初から伊月くんの分のつもりだったんだ。一人で食事を取るのは寂しいんだけど、一緒に食べてもらってもいい?」

本当に寂しそうな顔をして言うから僕は思わずうなずいた。
だけど、使用人なのに一緒の食卓につくなんて何だかムズムズする。

僕は緊張でカチコチになりながらも銀次さんに言われた通り、銀次さんの向かいの椅子を引いて座った。

「いただきます」
「い、いただきます」

ズルズルと素麺を食べながら銀次さんの様子をうかがった。
まずくないかな。口に合うかな。
そうしているうちに銀次さんと目があってニッコリと微笑まれた。

「うん、うまい。やっぱ人が作った食事はいいね」
「……よかったです」

食事が終わって僕が食器を片付けている間に、銀次さんは何やら紙を机に並べていた。
僕がダイニングに戻ると銀次さんはその紙を一枚僕に見せてきた。

「これがここで働いてもらう契約書だよ。給料とか書いてあるから見てみて」
「え、こんなに……? これ間違ってたりしませんか?」
「間違ってないよ。この家は広いし伊月くんしか雇ってないから掃除するだけでも結構重労働だと思う。それにこの金額はこの辺りの最低賃金に毛が生えた程度だよ」
「そ、うなんですか」

僕は黒崎家からほとんど出たことがないから世間の常識というものがよく分からない。だから、銀次さんに優しい顔でそう言われてしまえば、そうなのかと思ってしまう。
銀次さんはそんな僕の様子を見てふふっと笑った。

「そうなんです。そしてこっちが1ヶ月分の食費とか生活費ね。これで足りなかったら都度言って」

そう言って渡された金額も相当多かった。

「あと、これは前金と言うか何と言うか、あー、就職祝い金かな。まぁ、新しい生活で物も入りようだと思うからこれで伊月くんの欲しいものとか必要なものを買ってね。ちゃんと自分のものを買うんだよ」
「えっ。そんな。いただけません」
「そうは言っても服とか必要でしょ? 一応部屋の方にベットとかは入れてあるけど、俺は必要なものってそれくらいしか思いつかなかったから、伊月くんが自分で必要だと思ったものを揃えて欲しい。ね?」

優しい顔でそう言われてしまえば、またそんなものなのかもと納得してしまった。

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