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しばらくして、街には噂が流れ始めた。
四宮が結婚するという噂だ。

ーーああ、うまくいったんだ。四宮様は好きな人に想いを伝えて受け入れてもらえたんだ

千秋は街を歩きながら噂を聞いて息が苦しくなった。
胸が痛くなってひっそりと涙を流した。

ーーでも、それならせめて、幸せそうな四宮様を一目見たい

千秋は四宮の様子を遠巻きからでも見に行こうと決意した。
結婚するほどの仲なら、屋敷にも顔を出しているかもしれない。
それならば屋敷で見張っていれば四宮の相手を見られるだろう。
四宮の言っていた素敵な人を見て、四宮の幸せそうな顔を見て、そうすることで千秋の中にある想いを昇華させようと思いついた。

千秋は屋敷への道を隠れながら進んだ。

四宮の屋敷の入り口が見える場所まで着いた千秋は、屋敷の向かいの建物の塀と塀の間に体を滑り込ませた。

真上にあった太陽がすっかり沈んで、その代わりに月が真上になった頃までその場にいたけれど、四宮も、四宮の大切な人らしき人も、屋敷に出入りすることはなかった。
1日で見られるはずもないと思っていた千秋は、今日は諦めて明日またここに来ることにした。

昼間にこそこそと通った道を、今度はトボトボと歩く。
繁華街に戻ってきた千秋は、疲れてガードレールに座りため息をついた。


「君、いくら?」

いつものようにそう聞かれ、千秋は顔を上げながら答えた。

「3万」
「高いな」

そう呟いた男は、今までのおじさんたちと違い好青年然とした男だった。
高いと言われたがそれはそうだろうと千秋は思った。
この手の輩の中には断ってもめんどくさいくらいにまとわりついてくる人がいる。
だが、大体はお高く止まったような顔をして高い値段を告げれば悪態をつきながらも去っていってくれるのだということを、ここ最近学んだ。
だが、目の前の青年は立ち止まったままだった。千秋は少し不安になったが、それを悟られないように誘うように笑いかけてみた。すると青年も笑った。

「まぁ、君みたいな綺麗な子相手なら3万も妥当かな」
「綺麗? 僕が?」
「かわいいって言われたいタイプ? 確かにかわいくもあるけど君は綺麗系かな。よし決まり。3万でいいよ」
「あ、ちょっと、やっぱり」
「値上げ? ダメダメ。もう決まったし」

千秋の手を掴み、数メートル先のホテル街へと向かって歩き始めた好青年に、千秋は慌てた。
だが、慌てた風を表に出さないように必死だった。
痛いくらいに手を掴む青年からどう逃げようかと必死に思案する。

だが、ホテルへ向かう千秋たちの前に影がさした。

「僕は5万出します。今日は僕に譲ってもらえますか?」
「えっ……」

ニコリと人好きしそうな笑みを浮かべながら好青年に語りかけたのは、四宮だった。
四宮を見て絶句する千秋に、青年は笑いかけた。

「え~。まぁ、いいか。君5万だって。よかったね。じゃ、俺は今度でいいや。次あったらそん時よろしくっ」

遊び慣れているのか、青年はあっさりと去っていき、後には四宮と千秋だけが残された。

「好きなアルファが出来たから屋敷を出ていくと聞きましたが本当ですか?」

千秋を見下ろす四宮はとても冷たい顔をしていた。

ーー好きなアルファって……。五十嵐さんがそう言ったのかな

無言でいる千秋に対して四宮は千秋を引き寄せ首筋を確認した。

「ああ。もう番ってしまわれたんですか。でもこんな所で売りなんてやって相手のアルファは何も言わないんですか? それともそいつにやらされてるとか?」
「そんなっ、違います! 僕はやらされてなんか」
「じゃあ、これは君の意思でやってるんですね」

そもそも、千秋に相手のアルファなんてものはいないのだから、全ては千秋の意思でやっていることだ。
千秋がコクリとうなずくと、四宮は無言で千秋の手を引っ張り歩き始めた。

「ど、どこに行くんですか」
「ホテルに決まってるでしょう。今日は僕が千秋君を買ったんですから」
「なっ。だって、四宮様には好きな人がいるんでしょう!? その人としたらいいじゃないですか! け、結婚するって聞きました」

四宮は必死で抵抗しようとする千秋の両腕を掴み、屈んで千秋と目線を合わせてきた。

「結婚ですか、しませんよ。第一僕に誘わらたら、断る人なんていない。そう言ったのは君でしょ? どうしたんですか、抵抗なんかして。さあ行きましょう」
「ちがっ。あれは!」
「それともあれはやっぱり社交辞令でしたか。俺がそれを間に受けるとは思っていませんでしたか?」
「どういう……」

千秋は腕を引かれながら、ズンズンと歩く四宮を見上げる。
千秋には四宮がなぜこんなに怒っているのか分からなかった。
四宮が自分のことを“俺”と呼ぶのも初めて聞いた。

ーー間に受けるとは思わなかった? 四宮様は悲しそうな顔をした。もしかして四宮様は振られたの? 僕のせいで? 

千秋は一度そう思ってしまえばそれ以外の可能性は頭に浮かばなかった。

ーーでも、どうして。こんなに素敵な人から告白されて振る人なんているはずない

「四宮様っ」
「ん?」
「相手の方に思いが通じなかったんですか? でも大丈夫です。きっと何か行き違いがあったんですよ。四宮様から迫られたら、誰だってーー」

そこまで言って千秋はハッとした。
四宮が一層冷たい顔で千秋を見ていたからだ。
こんな冷たい顔ができるなんて千秋は知らなかった。
怖くなって黙ると四宮も何も言わなかった。

そうこうしているうちにホテルにつき、四宮がパネルを操作した。

「部屋の希望はありますか」
「え……いえ」

こんな時に部屋の希望を聞かれるなんて、千秋はなんだか場違いな気がしてソワソワした。
そもそも千秋はラブホテルなんて初めて入ったので視線を動かして周りを見てしまう。

たどり着いた部屋は、特にこれと言って変わったところはなくて、イメージしていたピンクな雰囲気は全然なかった。
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