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千秋はまたあの夢を見ていた。
夢の中の千秋は千秋であって千秋でないが、いつも通り病室にいて、男の子を待っている。
ふと、窓の外を見ると桜がとても綺麗だった。
売店でお菓子を買って桜の根本まで行った。
車椅子に乗って外に出ると春の風が心地いい。

桜の横の砂利道に、親指くらいの白いキラキラした石が落ちていた。

「おーい! こんなとこにいて大丈夫なのか?」
「晴くん、いらっしゃい。今日は天気がよくって、桜がきれいだったから近くで見てみたくなったんだよ」
「そうか! ほら今日はこれ!」

そう言って少年が渡してきたのは黄色い花が可愛らしい菜の花だった。
千秋はこの少年がくれる他愛もないプレゼントが殊の外気に入っていた。

「ありがとう、きれいだね」
「だけど、桜見てるなら今日は石のプレゼントでも良かったかもな!」
「菜の花もとても嬉しいよ。代わりにこれをあげる。さっきそこで見つけたんだけど」
「わあ。きれいな石! こんなのその辺にあるんだな!」
「僕も初めてみたよ」
「こんなきれいな石もらってもいいのか!?」
「うん。晴くんに持っていて欲しいな」
「そうか! ありがとうな!」

こんなに元気な少年が、あんな穏やかな紳士になるなんて思えないな。
そんな風に思ってふと首を傾げた。

あんな穏やかな紳士に?

その時、千秋の頭の中には走馬灯のように結衣斗として過ごした記憶が流れ込んできた。

「うわあああ!!」

その衝撃で目が覚めると、千秋の隣では四宮がぐっすりと眠っていた。
ゆっくりと起き上がる。
もう千秋の体は動くようになっていた。
けれど、万全ではなく、ふらふらとしながら立ち上がりその場を後にした。

「ぅぅ」

歩くたびに後孔からは四宮の出したものが溢れ出た。
全裸で屋敷内を歩くのは心許なかったけれど、千秋は懸命に自室に戻った。

部屋に備え付けられた浴室に、なんとかお湯をためて体を温めながら。

先ほど見た夢の内容は、千秋の中に全て残っていた。
それどころか今まで見た夢の内容も全て思い出していた。
それは夢でもなんでもない。
千秋が、千秋として生まれる前の記憶だった。
千秋が、結衣斗として過ごした記憶だった。


あの頃、必死で結衣斗に好きだと伝えていた四宮に、せめて自分がオメガだったらと嘆くだけだった情けない自分を、四宮は20年以上も思い続けてくれていたのか。

四宮は、結衣斗がベータだったとしても、オメガだったとしても体が弱くても弱くなくても、なんだって構わないと思ってくれていたのに、結衣斗はついぞ死ぬまでその想いを返さなかった。

「これじゃあ、どっちが年上か分からないね」

千秋の前世は結衣斗だったのだと、四宮に伝える気はなかった。
そんなこと言っても頭がおかしくなったと思われるか、何かの策略と思われるのがオチだ。
それに今の千秋は、結衣斗ではないから。
千秋には千秋として生活してきた記憶があって、性格もそれなりに違う。
四宮を無闇に混乱させる必要はないと思った。
結衣斗が死んで、四宮は十分すぎるほど傷ついて思い続けてくれたのだから。
そしてやっと前を向き、新しい好きな人ができたのだから。
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