上 下
11 / 43

11

しおりを挟む
「僕の大切な人は体が弱くてね。僕の父が経営する病院にしょっちゅう入院していたんです。僕が病室に顔を出すと嬉しそうな顔で『いらっしゃい』と笑う彼が大好きだった」

四宮の大切な人の話を聞きながら1口舐めたお酒は甘いはずなのに、苦く感じて両手でグラスを握ったまま膝の上に置いた。

「僕はいつも彼に向かって『好きだ』『好きだ』と繰り返して、彼を困らせていました。病院ばっかりの彼を少しでも楽しませようと花とか石とかいろいろ持って行ったりして。彼はそれらをいつも嬉しそうな顔で受け取ってくれるけれど、僕の『好きだ』という言葉にはついぞ答えてくれることはなかったんです」
「彼は、そのまま……?」
「ええ……彼は15歳という若さで亡くなってしまいました。その時僕は12歳だった。12歳の恋なんて思春期の思い違いだと周りは言った。けれどあれから21年も経った今でも彼のことが好きなまんまだ」

遠い昔に想いを馳せるように、四宮は目を細めて語った。

「そう、だったんですか」
「さすがに気持ち悪いかな」
「いえ、そんなことはありません。ただ」
「ただ?」
「羨ましいなと思います。そんな風に誰かに思い続けてもらえるなんて、きっと結衣斗は幸せだったでしょうね」

千秋の言葉に四宮は目を丸くした。

「彼が結衣斗だって、名前言ったっけ? 確かに結衣斗だけど」

四宮が訝しげに千秋を見つめた。
千秋自身も驚いていた。
確かに、四宮から聞いてはいないはずなのに、どうしてだか四宮の話す想い人の名前は結衣斗なのだと確信していた。


「あ、れ? 僕、何で知ってるんだろう……?」
「誰かに聞いたんですか?」

四宮の声音は若干のトゲを含んでいるようだった。

「そんなことは、無いと思うんですが」
「そうですよね。君がこの屋敷で会った人間で結衣斗の名前まで知っているのは泉くらいしかいないけれど、泉が勝手にそこまで話すとは思えない」
「あの、僕」
「ああ、少し飲み過ぎてしまいましたね。今日はもうお開きにしましょうか」

四宮はいつものようににこやかにそう言った。
けれど、穏やかな表情を作った四宮のその目は笑っておらず、千秋は何らかの疑いをかけられているのかもしれないと思った。

追い出されるように四宮の部屋を出ると、廊下の端の方へ誰かが走り去っていくのが見えた。
けれどそれが誰なのか確認する元気もなく、千秋はぼーっとしながら部屋に戻った。

次の日からは、それまで千秋のことを何かと気にかけて話しかけてくれていた四宮がパタリと話しかけてくれなくなった。

千秋は自分でもなぜ結衣斗の名前を知っているのかも分からず、その上四宮を怒らせてしまったことでひどく落ち込んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

【本編完結済】蓼食う旦那様は奥様がお好き

ましまろ
BL
今年で二十八歳、いまだに結婚相手の見つからない真を心配して、両親がお見合い相手を見繕ってくれた。 お相手は年下でエリートのイケメンアルファだという。冴えない自分が気に入ってもらえるだろうかと不安に思いながらも対面した相手は、真の顔を見るなりあからさまに失望した。 さらには旦那にはマコトという本命の相手がいるらしく── 旦那に嫌われていると思っている年上平凡オメガが幸せになるために頑張るお話です。 年下美形アルファ×年上平凡オメガ 【2023.4.9】本編完結済です。今後は小話などを細々と更新予定です。

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

【完結】全てが嫌いな不憫Ωの少年が初恋相手のスパダリαに愛される?ふざけんなお前のことなんか大っ嫌いだ!

にゃーつ
BL
お母さん、僕は今日結婚するよ。 あの初恋の子じゃなくて、お父様が決めた相手と。父様は僕のこと道具としてしか見ていない。義母様も息子の剛さんも、僕のこと道具として扱う。 結婚すれば殴られる日々から解放される。大丈夫。きっと大丈夫だよ。 いつか王子様が現れるってそんな御伽噺信じてないから、ずっと昔に誰か助けてくれるなんて希望捨て去ったから。 ずっと笑ってられるから大丈夫 幼馴染スパダリα×不憫受Ω 結婚して半年で大きな事件が起こる。 雨の降る夜に幼馴染と再会。幼馴染の南 れおんは恋焦がれていた増田 周の驚くべき真実を知る。 お前なんか嫌いだ。みんな嫌いだ。僕が助けて欲しい時に誰も助けてくれなかったくせに!今更なんなんだよ!偽善者! オメガバース作品ですので男性妊娠、出産の内容が含まれますのでご注意ください。

ハコ入りオメガの結婚

朝顔
BL
オメガの諒は、ひとり車に揺られてある男の元へ向かった。 大昔に家同士の間で交わされた結婚の約束があって、諒の代になって向こうから求婚の連絡がきた。 結婚に了承する意思を伝えるために、直接相手に会いに行くことになった。 この結婚は傾いていた会社にとって大きな利益になる話だった。 家のために諒は自分が結婚しなければと決めたが、それには大きな問題があった。 重い気持ちでいた諒の前に現れたのは、見たことがないほど美しい男だった。 冷遇されるどころか、事情を知っても温かく接してくれて、あるきっかけで二人の距離は近いものとなり……。 一途な美人攻め×ハコ入り美人受け オメガバースの設定をお借りして、独自要素を入れています。 洋風、和風でタイプの違う美人をイメージしています。 特に大きな事件はなく、二人の気持ちが近づいて、結ばれて幸せになる、という流れのお話です。 全十四話で完結しました。 番外編二話追加。 他サイトでも同時投稿しています。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

処理中です...