器量なしのオメガの僕は

いちみやりょう

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それから千秋は下ろされた場所付近で働ける場所を探して歩いた。
けれどコンビニも居酒屋も千秋のチョーカーと身分証を見ると顔をしかめ面接すらさせてもらえなかった。
ならばと、相当な覚悟を持って風俗の扉を叩いた千秋は、そこでもオメガはちょっと、と受け入れてもらえることはなかった。

どこにも働ける場所はなく、家を追い出された時に少しだけ持っていたお金も底をついてしまい、千秋は途方に暮れた。
オメガが1人で生きていくことがこんなに難しいと千秋は初めて知った。

腹は空きすぎを通り越し、もはや空腹は感じなくなった。
シャッターの降りた店先に座り込み、道ゆく人を眺めていた千秋の前に1人立ち止まった。

「君は……千秋くん?」
「?」

見上げたその人の顔はなんとなく見覚えはあったけれど、誰だったかは思い出せず千秋は思わず首を傾げた。

「ああ。ごめんな。俺は四宮様の運転手だ。この間車に乗ったろ? それを運転してたのが俺。名前は松岡翔」
「あ、ああ。その節はありがとうございました」
「あれから1週間くらい経ったかな。どうしたんだ?」

松岡は千秋の薄汚れた格好を見てそう尋ねた。

「いえ、仕事がなかなか決まらなくて。僕ってその、あれだから。あの、これ洗えなかったけど四宮さんにか返しておいてもらえますか?」

“あれ”と言う言葉とともに、チョーカーを触り、それから四宮に借りていたコートを脱いで手渡した。

「いいけど。千秋くん、寒いだろ?」
「僕はもう大丈夫ですから」

にっこりと笑ってそう告げると、松岡は頷いてコートを受け取ってくれた。
松岡が去っていくのを眺めながら千秋は体育座りでできるだけ体を丸くした。
コートがなくなればより寒いけれど、いつまでも借りておくわけにはいかない。

こうして寒がりながら街中を眺めているのは、子供の頃に読んだマッチ売りの少女のようだと思い、千秋は微かに笑った。
けれどマッチも売っていない千秋は、売り物のマッチですら暖を取ることもできない。
もっともマッチがあったところでそんな微かな火ではほんの慰めにもならないだろう。

曲がりなりにもオメガの名門の家に生まれた千秋は、今までどれだけ恵まれた生活をしてきたのかと思い知ることになった。普通の家庭に生まれたオメガは、仕事にもつけず途方に暮れるしかないのだから。そもそもオメガというのは人口が少なくて、一般の家には滅多に生まれることはない。オメガは男女関係なく孕むことができるけれど、3ヶ月に一度のヒートの期間があるせいでその期間に働くこともできず、そのフェロモンで優秀なアルファを誑し込むと言われ差別の対象となっているのだ。数が少ないということは、差別されることへの不満の声をあげるものも少ない。よって、世の中が差別をなくそうと声高に叫んでいる現代においても、オメガへの差別は当たり前のように残っているのだ。

千秋はそんなことすら家を追い出されるまで深く考えもしなかった。
石崎家ではオメガらしくあることが何よりの栄誉だったからだ。
だから美しい兄は優遇され、そうではない上に欠陥品の千秋はほぼネグレクト状態で育った。
両親に話しかけられた言葉と言ったら『お兄ちゃんに譲りなさい』『あなたがそれを持っていても意味がないでしょう』といった言葉しか思い出せなかった。
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