19 / 32
父:シャルル視点 毒夢薬2
しおりを挟む「オリヴィア……ごめんなさい……カミーユ……ごめんなさい……好きなの、愛してるの……。ごめんなさい。ごめんなさい」
地下牢に降りると、マリーが泣きながら懺悔していた。
その目は空を捉え、すでに目としての機能を果たしてない。
「痛いっ……、ああ、カミーユ。ごめんなさい、叩かないで……」
どうやら、暗闇の世界の中でマリーはカミーユに叩かれているらしい。
実際には体に傷一つ入っていないが、マリーは全身をブルブルと震わせて痛みに打ちひしがれていた。
「嫌よ。言わないで……。私を好きだと言ってよ! ねぇ……。お願い……オリヴィア……あぁ」
悲痛な声だ。
だが、私は何も感じなかった。
毒夢薬ーーこれは、服用した者を夢の世界に引き摺り込み自分の愛する者の幻影から手酷い仕打ちを受けさせると言うものだ。目を開けていようが閉じていようが、実際には幻影以外何も見えてはいない。マリーの夢の中には、オリヴィアとカミーユが出ているようだが、それならなぜ……。
いや、到底私などには理解できないことなのだろう。
「マリーに栄養を投与しろ。絶対に死なせるな」
できるだけ長く苦しんだ方がいい。
心の痛み、体の痛み。
どちらも味わい、けれど、死ぬこともできない。
何年耐えられるだろうな。
私は地下牢をあとにして、カミーユのお見舞いに向かった。
カミーユは、楽しそうだったり、嬉しそうだったり、穏やかな顔をして眠っていることもあれば、拗ねたような顔をしていることもあり、年相応ないろいろな表情を見せた。
その表情の中のどれ1つとして、私が見たことのないカミーユの表情だ。
オリヴィアはどちらかといえば気が強い方で、勝気な顔をしていることが多かった気がする。
改めて見ればカミーユは、オリヴィアに似ている顔つき以外は、性格も表情も全然違う。
そんなことに、カミーユを失いそうになって初めて気がつくなんてな。
そして、世間では魔王の完全復活が騒がれる中、カミーユの9歳の誕生日がやってきた。
カミーユは目覚めないだろうが、プレゼントを用意した。
セドリックと2人、カミーユの病室のベットの横で、カミーユを見守る。
「カミーユ、誕生日おめでとう」
今日はいつもよりも肌の血色がよく、心なしか体調も良さそうに見えた。
「カミーユ、これは僕からのプレゼントだよ。今までカミーユの寂しさや辛さに気がついてあげられなくてごめん。お兄ちゃん失格だ」
セドリックは、包装されたプレゼントをカミーユの枕元に置いて、カミーユの髪の毛をそっと撫でつけた。
すると、カミーユのずっと瞑っていた目が薄く開いた。
「っ、カミーユっ!?」
カミーユは久しぶりの光を眩しそうにしながらも、目を開いて部屋を確認した。
「覚めた……」
カミーユはポツリとそう呟いた。
「カミーユ、今医者を呼ぶからな!!」
「待ってください。バイヤール公爵様」
「っ!!」
いつものように他人行儀な呼び方で呼び止められ、私は一気に現実に引き戻されたような気分になった。カミーユは部屋の中を見回してここが病院であることを確認したあと、口を開いた。
「私のような者のために、病院の費用を払ってくださったのですね。申し訳ありませんでした」
「なっ、そんなこと、当たり前のことだ」
私の言葉に、カミーユはゆるく首を振った。
「かかった費用は何年経ってでも必ずお返ししに来ます」
その言葉はカミーユの拒絶に感じ、ギュッと胸が締め付けられた。
「息子のための医療費を返してもらおうなどと思うわけがない」
そう言うと、カミーユは目を見開いて驚いた顔をした。
「息子……」
「っ、当然だ。当然、カミーユは私の可愛い息子だ」
ああ。息子だと、思われていないと思わせるほどに私は。
今更ながら、最低な父親だ。だが、やり直させてもらえるなら。
「カミーユ……私は」
「カミーユ、僕も。カミーユは僕の大事な弟だよ。これ、カミーユにプレゼントなんだ。ほら」
セドリックがカミーユの手を掴み、必死に言い募った。
けれどカミーユはセドリックが指し示した包装紙にチラリと目を向けると、ただ“そうですか”と言った。そこには寝ている間に見せていた様々な表情はなく、ただ能面のような顔でただずむだけだ。
「バイヤール公爵様、セドリック様、母上を殺して産まれてきた僕のような者を、今まで敷地内に置いてくださってありがとうございました。けれど僕が死にかけたからと、無理に愛してくれようとなどしなくて良いのです。プレゼントも、必要ありません」
気を使ったようにセドリックに笑いかけるカミーユに、セドリックは顔を引きつらせ、泣きそうな顔をした。
90
お気に入りに追加
2,243
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!
白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。
現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、
ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。
クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。
正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。
そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。
どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??
BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です)
《完結しました》
巣作りΩと優しいα
伊達きよ
BL
αとΩの結婚が国によって推奨されている時代。Ωの進は自分の夢を叶えるために、流行りの「愛なしお見合い結婚」をする事にした。相手は、穏やかで優しい杵崎というαの男。好きになるつもりなんてなかったのに、気が付けば杵崎に惹かれていた進。しかし「愛なし結婚」ゆえにその気持ちを伝えられない。
そんなある日、Ωの本能行為である「巣作り」を杵崎に見られてしまい……
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる