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7.暖かい場所

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「カミーユ様、こちらも美味しいですよ。召し上がってみてください」
「ん、本当ですね。美味しそう。でも僕は今食べてるので十分ですよ。ありがとうございます」

侍女のニコラが僕にクリームのたくさん乗ったお菓子を勧めてくれるけど、今までほとんど栄養のある食べ物を食べたことがなかったし、ほんの少しの量しか食べられなかったので、たくさん食べると苦しい。夢の中なのに不思議だけど。

「美味しいものをたくさん食べて、早く元気になってくださいね」
「はい。あ、でも、ここは夢の中だから、美味しいものを食べても栄養にならないんじゃないのですか?」
「そんなことはありませんよ! 美味しいものを食べたら、幸せな気持ちになりませんか?」
「なります」

僕はうなずいた。
夢の中に来る前はそんなことを知らなかったけど、夢の中に来てから、僕は美味しいものばかり食べさせてもらってる。
それに食事の時は大体ギルが一緒に食べてくれるし、毎食毎食、僕は本当に幸せな気持ちになる。

「確かに、ここで食べたものは、カミーユ様の体の栄養にはならないかもしれませんが、きっと心の栄養になっているはずですよ。だから食べてみたいなぁって思うものがあったらなんなりと申し付けてくださいっ。こちらは参考資料です!」

ニコラが机にどさりと置いたのは世界各国のグルメ本みたいなタイトルの本だった。
少しだけめくってみると、本物みたいに綺麗に描かれた食べ物がたくさん載っている。

「すごい。これが食べ物? どれもとてもきれいですね」
「どれでもお作りできますよ! 何せここは夢の中なのですから!」
「わぁ。楽しみです」

なんでも任せてくださいと、胸をどんと叩くニコラに拍手を送り僕はパラパラと本をめくって料理を見てみた。

「カミーユ様が嬉しそうにされていると、私たちもとても嬉しいです」
「え?」

僕が嬉しそうだと、ニコラたちが嬉しい?
どういうことだろう。
首を傾げると、ニコラは困ったように笑った。

「私たちは、カミーユ様のことが大好きなのですよ」
「僕のことが?」

ニコラってとても変わってる人なんだなぁ。
あ、僕の夢の中だから、僕の願望が出ちゃってるのかな。
そう思っていると、ニコラは優しい顔で微笑んだ。

「私たちは、みんな魔族なんです。魔族は、人の夢に干渉できるものがいるんですよ。その力で私たちもこうしてカミーユ様とお話しすることができているんです。だからここは、夢であって夢でないんです」

なんだか難しくてよく分からない。

「つまりですね、私が言いたいことは、ここがカミーユ様の夢の中だとしてもそうじゃないとしても、私はカミーユ様のことが大好きだということです」
「……なんで?」

だって、僕が好かれる要素なんて何もないはずなのに。
ましてやこの夢の中に入る前まで、僕はニコラと会ったこともないのに。

「私たち魔族は、魔王陛下が封印されてしまってからずっと、封印を解くことのできる人間を探しておりました。その間はずっと、魔族はそれぞれ植物や虫や動物に擬態して過ごしているんです」
「そうなんですか」
「魔王陛下が封印されていることによって魔族全体の力が弱くなってまして、魔族は怪我をしたり病気になったりすることが多いのです。その中でね、そうなった魔族はみんな言うんですよ。とても清らかな気配を持ったオメガの子が助けてくれたと」
「え?」
「怪我の手当てをしてくれた、自分の少ない食事を分けてくれた、枯れかけていたところに水をかけてくれた。他にもたくさん……。カミーユ様が居てくださって、生まれてきてくださって、私たちは本当に嬉しいんです。カミーユ様のおかげで今も生きているという魔族も少なくありません。カミーユ様は私たちの命の恩人なのですよ」
「僕、が」

ただ僕がしたくてしたことだった。
僕の近くにいると死んでしまうと言われたから、長いこと看病をすることはできなかったけど、それでも腹を空かせたり怪我をしている動物にはなるべく手を貸していた。
枯れかかっている草木には水をあげた。
全部、自分のためにしたことだ。

「僕は、僕が生きていて良い意味を作りたかっただけで、感謝されることはなにも」
「いいえ。カミーユ様の考えがどうだったにしろ結果的に多くの魔族を助けております。魔族は皆家族のようなものなのです。ですから、ギルガリード様のご家族になられたカミーユ様はもう、私たちの家族でもあるのですよ」

部屋の中で働いていた他の侍女や騎士たちも、うんうんとうなずいている。

そんな。どうしよう。
僕を家族だと言ってくれる人が、こんなにも出来てしまった。

「……嬉しい。ありがとうニコラ……。ありがとうみんな。僕、みんなの家族になってもいいの?」
「もちろんです!」

胸の中に、どんどん暖かいものが溢れていく。
ここは本当に暖かい場所だ。
血が繋がっていないのに、みんなの僕を見る目は血が通ってる。

「さあ、取り急ぎ食べたいものを選んでください! 腕によりをかけて作りますから!」
「うん!」

ニコラや他の従業員の人たちが、僕を甘やかそうとしてくれていることがにじみ出ていて、少しだけ気恥ずかしい。それに人を信じることは少し怖い。だけど僕は、ギルやニコラたちを信じたいと思った。

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