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お袋

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パソコンについてのあれこれを勉強し始めて数日、寮への帰り道に俺のよく知る人がいた。

「凛ちゃん……」

涙ながらに俺の名を呼ぶのは最後にあった時よりも痩せ細った母親だった。

「お袋……? 何でこんなとこに? 体は大丈夫なのか!?」
「ええ。あの人が……一之介さんが治療費を払ってくれて、それで」
「ああ、養父おやじが治療費を払ってくれたのは知ってるけど。こんなところにいて大丈夫なのか? 病院は?」
「昨日退院できたの。まだ通院は必要だけど回復に向かってるって。凛ちゃん、迷惑かけてごめんね……」
「迷惑なんて思ってねぇよ……よかった、本当に」

退院できた。回復に向かってる。
それを聞いて俺は全身の力が抜けるんじゃないかと思うほど安心した。

だけど、会わない間に俺の背よりも頭ひとつ分以上小さくなってしまった母親にかける言葉は何がいいのか分からない。
ふと母親の後ろに黒い車が止まっていることに気がついた。

「ここまでは車で?」

そう聞くと母親は後ろの車をチラリと見た。

「ええ……。一之介さんがここまで連れて来てくれたの」
「そうなのか」

俺が車のほうに近づくと母親は「あ」と小さく声を漏らした。
俺が近づいて来てるのが分かったからか、車の中から養父が降りて来た。

「養父」
「凛太郎」
「ありがとう。養父、お袋を助けてくれて。お袋に会わせてくれて」
「私は凛太郎と取引をしただけだ」

まじめくさった顔をしてそんなことを言う養父が少しだけ可愛く思えた。
この人がどれほど俺のことを思っていたかは忠次から聞いた。人よりもかなり不器用だったし、やり方は間違っていたかもしれないけど、この人が居たからお袋は助かって、俺も忠次という大事な人に出会うことができた。

それに俺は心の底では最初から分かっていたから。

「おやじ、本当にありがとう。俺があんたの命令を聞かなくても、きっとあんたがお袋を助けてくれてたんだろうって心の底では分かってたよ……。だから俺はきっとあの命令を聞いたんだ。子供の頃はあんたは家にいることが少なくて寂しい思いもしたけど、今は分かる。あんたはただ不器用で素直じゃないだけなんだって」

言いたいことはぐちゃぐちゃだったけど思ってた気持ちは伝えることができた。
俺にも大切な人ができたから、子供のままではいられない。

「凛太郎……。すまなかった」

おやじは深々と頭を下げた。

「私は凛太郎にあのような命令をしたことを後悔していない……と忠次くんに伝えたんだ。だが、忠次くんに、そんなのはエゴだと、他にもっといいやり方があったはずだと言われてしまってね……。私もあれからよく考えた。いや、あれからだけじゃない。ずっと考え続けてる。そして、最近あの命令をしたことを後悔しているんだ……。凛太郎にはしなくてもいいような寂しい思いをたくさんさせてしまった。本当に、すまなかった」

「おやじ、もう謝らないでくれ。俺は感謝してるんだ。おかげで大切な人ができた。友達も」
「……そうか、良かった」

おやじは安心したように笑った。
お袋は静かに聞いていてくれたけど風で少しよろけてしまった。
とっさに支えようとした俺よりも早くおやじが支える。

「大丈夫ですか」

お袋に対して穏やかにそう聞くおやじにお袋は申し訳なさそうに小さくなって“はい”と返事した。

そんな様子を見て俺は、この人が本当の親父だったらよかったのにと思った。
実の父親は暴力を振るう最低野郎だったけど、目の前のおやじは暴力なんて振るわない不器用だけど基本的に穏やかな人だ。きっと今のこの人なら母親を大切にしてくれる。
どうしようもない願いだが、おやじとお袋が付き合って、そしておやじが本当の親父になってくれたらいいのにと思った。
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