チートな男装令嬢は婚約破棄されても気にしない

いちみやりょう

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35 ハンカチ

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その日から、ルーナストの刺繍作りが始まった。
もちろん、モルガンの監視や夜のトレーニングもあるのでなかなか時間は取れなかったが、指の先を傷だらけにしながらも何とか作ることができた。

「と、言っても……これは……ドロドロに溶けた妖怪と言われても文句は言えない」

部屋の中でルーナストの中では最高傑作と言える刺繍を施したハンカチを見てつぶやいた。
元は鬼神を模した絵を刺繍しようとしたものだ。

(こんなものを渡してもさすがに迷惑だよ。もっと練習しないと)

そうは思うものの、一応子供の頃から練習しても一向に上達しないのだ。
今回は好きな人相手だったので、少しはマシになるかと思いもしたがそんな理由で上達するような甘い世界ではなかったようだ。

「はぁ~。今回は何か他のものにした方がよさそうだなぁ」

もちろん、ルーナストだっていずれはもっとマシな作品が作れるようになりたいとは思うが、今回お返しするには、時間がかかりすぎる。

(とりあえずこれは明日ショーンにでも見せて笑ってもらってから処分しよう)

そう思い壁にかけてある軍服のズボンのポケットに、ハンカチを突っ込んで布団の中に潜りこんだ。けれど翌朝にはすっかりそのことを忘れていて、モルガンに昼食を給仕している際にポロリとポケットから抜け落ちてしまった。

「あ」

料理を持っていて手が塞がっていたため拾い上げることができずに立ち止まると、近くで座って待っていたモルガンが、わざわざ立ち上がりハンカチをまるで汚いものでも掴むように親指と人差し指で拾い上げた。

「何だこれ」
「それは」
「ああ。あのくだらない遊びか。それにしても下手くそな刺繍だな。リンローズはこんなに不器用だったのか?」

馬鹿にするような言い方だ。
リンローズがルーナストにプレゼントしたものだと思ったようだが全然違う。

(リンローズ様ならもっとうまく作るんだろうな)

けれど確かにルーナストは不出来なハンカチをショーンに笑ってもらうために持ってきたが、モルガンに馬鹿にされる覚えはない。

「それはリンローズ様からではありません」
「はっ。そうか。モテる男は辛いね。こんな下手くそな刺繍のハンカチなんて持ってて恥ずかしいだけだろ」
「っ……まぁ、そうですね。それは捨てることに」

します、と言う前にルーナストの前に影がさした。

「捨てるなら私が預かろう。もしも返して欲しい場合は私のところまで来るように」
「閣下」

ベルガリュードがモルガンの手からハンカチをピッと掴み取り懐にしまってしまった。
ルーナストは結果として贈りたい相手の手に渡ってしまったハンカチの行くえを目で追いながら複雑な感情になった。
モルガンはギュッと口を引き結び黙っている。
モルガンからすれば自分よりも上の立場の人間は少ないから、ベルガリュードに苦手意識があるようだ。

(それに、もしもモルガン殿下が国家転覆を狙う組織、モヒートの一員なら閣下のことは邪魔に思っているだろうしね)

閣下の去っていく後ろ姿をなんとはなしに見ていると、モルガンが小さく舌打ちをした。

「あんなやつ……あんな国……俺が王になれば絶対に潰してやる」
「閣下のことが嫌いなんですか?」
「ふん。嫌いに決まっている。帝国で第二皇子として生まれ、そのおかげで元帥にまでなれたくせに。実力など何もないくせに。偉そうにしている」

(そんなことはないのに。閣下は本当に強いし、偉そうにしていない。部下思いの優しい人なのに)

けれど、モルガンに取り入らなければならないルーナストは、そう伝えることはできなかった。

「そうですね。本当、その通りだと思います」

内心の悔しさを隠し微笑みながらそう言うと、モルガンは目を見開きにたりと笑った。

「お前、能無しだと思っていたが、たまにはちゃんと考えて話せるんだな。もう少しいろいろ考えられるようになったら、重要な仕事を任せてやるよ」

満足そうにうなずきルーナストを見るモルガンは、先ほどのルーナストの言葉ですっかり気を良くしたようだった。

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