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36:バイロンの事情
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クライブと別れ、俺はバイロンに用意された教官待機室に向かった。
着くまでの間、クライブの言う好きとか愛しているとかの意味を考えてみながら歩いた。人生を横に並んで歩いて行きたいと願うというのはよく分からない。いや、一般的な感覚の人間ならそう考えるんだなぁと他人事に思うことができたとしても、もしも俺が誰か一生同じ人間と一緒に過ごすのなら、ご主人様と奴隷の関係が良いと思うし、それなら横というよりも下の方がしっくりくる。相手の幸せを願ったり、何気ない日常の中でふと相手の顔が浮かんだり、無理をしていたら心配したり。そういうのは確かにある。出てきた食事に、クライブやバイロンの好きなものや嫌いなものが出てきた時とか、馬車から見えた市井の様子を伝えたいだとか、そういうことを思って、思い出したりするし、2人は俺が幼い頃からよくしてくれていた人たちなので、そりゃ幸せになって欲しいと願うのは当たり前だと思う。無理をしているのなら、俺にできることならば手伝ったりしたいとも思う。
でも。大袈裟なことは何もなくても、ただ、その人といれば幸せだと思う、か。
最後の1つを思い出して、やっぱり俺には恋愛は向かないかもと思った。
俺の性癖はきっと、皇族として上位貴族として品行方正な紳士として育てられた優しい2人には受け入れがたいものだろう。
例えば、日本にいた頃、日本の法律ではセックスレスは離婚事由として認められていた。
つまり、セックスは夫婦間において、重要な役割だと認識されているわけだが、そこには必ず相性というものがあると思う。そう言うことを確認するためにも恋人の期間を経て、結婚するんだと思っていた。それが、この世界では、婚姻は大体において政略結婚で、そこに体の相性なんてものは加味されない。
「はぁ……」
俺がこんな性癖じゃなかったら、こんなに悩まなくても済んだのだろうか。
いや、でももしもこんな性癖じゃなければ、初めからバトラルになることもなかったのだ。
教官待機室に着き、ノックをして扉に手をかけると、後ろから声がかかった。
「バトラル。来てくれたのか。だが、どうしてため息をついている……、その。私と番になったのが、嫌だったか」
「先生、ううん。嫌じゃないです。それに、僕が嫌だったとしたら番にはなれないんでしょう?」
「ああ。だが、騙し討ちのようなことをしてしまった。焦っていたんだ」
「焦っていた? 何をですか?」
「ああ。長くなるかもしれないが、話すからとりあえず中に入ってくれ」
「はい。お邪魔します」
中に入ると、さすが教官といえど公爵閣下に用意された部屋だけあって、ただの待機部屋と呼ぶにはかなり広く豪華な作りの部屋だった。バイロンは、俺をソファに促し、バイロンも俺の向いに座った。
「私は高位貴族ではあるが、領地を持たない軍人で、常に命の危険と隣り合わせの生活をしていた。今は戦争も落ち着き、平和な日々を過ごしているが、国の情勢によってはまたいつ戦争に駆り出されるか分からない身だ。その上、この見た目で、男女問わず私を怖がらずに近づいてくるものなどいない。けれども私には従兄弟がいて、そこに息子がいるから、私自身は結婚せずとも良いと思っていた」
「そうなんですか」
「ああ。だが、バトラルと出会った。こう言った感情は初めてで気がつくのに時間がかかってしまったが、私はある時、バトラルを好きなのだと気がついた。好きだと気がついてから、なんのアプローチもできない間に、バトラルは殿下とどんどん仲がよくなっていっただろう。婚約者とそれ以外、その態度は当然のことだと自分を抑えていたが、バトラルは殿下を呼び捨てているのに私を先生としか呼ばないし、敬語のままだ。正直、殿下が羨ましかった。けれど、バトラルはオメガ男性で皇妃になる人間だ。いずれ殿下だけではなく、高位貴族の番にもなり、子を産むことになる」
「はい」
だからこそ、バイロンが焦って強引な真似をする理由が思い当たらなかった。
バイロンは高位貴族で、その上未婚だ。クライブの次にバトラルの番になるならば、真っ先に名前が上がるだろう。
「……極秘の話なのだが、今、西の国といざこざが起こっている。戦争が始まれば私は必ず向かうことになる」
「え……」
戦争という言葉に絶句していると、バイロンは優しく目を緩めた。
「まだ始まると決まったわけじゃない。それに例え始まったとしても、私は全力で戦い、バトラルやこの国の人々を守るつもりだ。ただ……、バトラルと番になれば、バトラルがいる場所もわかり、お守りなどを持つよりも必ず生きて返ってこられる気がしたんだ」
「先生……」
「番が成立したということは、少しでも私と番になっても良いと思ってくれていたと言うことだろう……。バトラル、はっきりと伝えておく。私はバトラルを愛している」
その直接的な言葉にドキリと心臓が跳ねた。
「っ、ぁの」
「言わなくても良い。バトラルはまだ私をそう言う意味で好きじゃないんだろう。さすがに分かる。ただ、意識してもらえるよう、これから努力すれば良いことだ。だが、私がここに居られるのがどれほどの時間か分からない。それもあって、焦って強引な手を取ってしまった。申し訳ない」
「いえ……でも、どうして僕を好きになってくれたんですか」
これだけは聞いておきたいことを尋ねた。
実際、クライブにもバイロンにも好かれるようなことをした覚えはひとつもないのだ。
だから俺は俺のどこが好きなのか、疑問だった。
着くまでの間、クライブの言う好きとか愛しているとかの意味を考えてみながら歩いた。人生を横に並んで歩いて行きたいと願うというのはよく分からない。いや、一般的な感覚の人間ならそう考えるんだなぁと他人事に思うことができたとしても、もしも俺が誰か一生同じ人間と一緒に過ごすのなら、ご主人様と奴隷の関係が良いと思うし、それなら横というよりも下の方がしっくりくる。相手の幸せを願ったり、何気ない日常の中でふと相手の顔が浮かんだり、無理をしていたら心配したり。そういうのは確かにある。出てきた食事に、クライブやバイロンの好きなものや嫌いなものが出てきた時とか、馬車から見えた市井の様子を伝えたいだとか、そういうことを思って、思い出したりするし、2人は俺が幼い頃からよくしてくれていた人たちなので、そりゃ幸せになって欲しいと願うのは当たり前だと思う。無理をしているのなら、俺にできることならば手伝ったりしたいとも思う。
でも。大袈裟なことは何もなくても、ただ、その人といれば幸せだと思う、か。
最後の1つを思い出して、やっぱり俺には恋愛は向かないかもと思った。
俺の性癖はきっと、皇族として上位貴族として品行方正な紳士として育てられた優しい2人には受け入れがたいものだろう。
例えば、日本にいた頃、日本の法律ではセックスレスは離婚事由として認められていた。
つまり、セックスは夫婦間において、重要な役割だと認識されているわけだが、そこには必ず相性というものがあると思う。そう言うことを確認するためにも恋人の期間を経て、結婚するんだと思っていた。それが、この世界では、婚姻は大体において政略結婚で、そこに体の相性なんてものは加味されない。
「はぁ……」
俺がこんな性癖じゃなかったら、こんなに悩まなくても済んだのだろうか。
いや、でももしもこんな性癖じゃなければ、初めからバトラルになることもなかったのだ。
教官待機室に着き、ノックをして扉に手をかけると、後ろから声がかかった。
「バトラル。来てくれたのか。だが、どうしてため息をついている……、その。私と番になったのが、嫌だったか」
「先生、ううん。嫌じゃないです。それに、僕が嫌だったとしたら番にはなれないんでしょう?」
「ああ。だが、騙し討ちのようなことをしてしまった。焦っていたんだ」
「焦っていた? 何をですか?」
「ああ。長くなるかもしれないが、話すからとりあえず中に入ってくれ」
「はい。お邪魔します」
中に入ると、さすが教官といえど公爵閣下に用意された部屋だけあって、ただの待機部屋と呼ぶにはかなり広く豪華な作りの部屋だった。バイロンは、俺をソファに促し、バイロンも俺の向いに座った。
「私は高位貴族ではあるが、領地を持たない軍人で、常に命の危険と隣り合わせの生活をしていた。今は戦争も落ち着き、平和な日々を過ごしているが、国の情勢によってはまたいつ戦争に駆り出されるか分からない身だ。その上、この見た目で、男女問わず私を怖がらずに近づいてくるものなどいない。けれども私には従兄弟がいて、そこに息子がいるから、私自身は結婚せずとも良いと思っていた」
「そうなんですか」
「ああ。だが、バトラルと出会った。こう言った感情は初めてで気がつくのに時間がかかってしまったが、私はある時、バトラルを好きなのだと気がついた。好きだと気がついてから、なんのアプローチもできない間に、バトラルは殿下とどんどん仲がよくなっていっただろう。婚約者とそれ以外、その態度は当然のことだと自分を抑えていたが、バトラルは殿下を呼び捨てているのに私を先生としか呼ばないし、敬語のままだ。正直、殿下が羨ましかった。けれど、バトラルはオメガ男性で皇妃になる人間だ。いずれ殿下だけではなく、高位貴族の番にもなり、子を産むことになる」
「はい」
だからこそ、バイロンが焦って強引な真似をする理由が思い当たらなかった。
バイロンは高位貴族で、その上未婚だ。クライブの次にバトラルの番になるならば、真っ先に名前が上がるだろう。
「……極秘の話なのだが、今、西の国といざこざが起こっている。戦争が始まれば私は必ず向かうことになる」
「え……」
戦争という言葉に絶句していると、バイロンは優しく目を緩めた。
「まだ始まると決まったわけじゃない。それに例え始まったとしても、私は全力で戦い、バトラルやこの国の人々を守るつもりだ。ただ……、バトラルと番になれば、バトラルがいる場所もわかり、お守りなどを持つよりも必ず生きて返ってこられる気がしたんだ」
「先生……」
「番が成立したということは、少しでも私と番になっても良いと思ってくれていたと言うことだろう……。バトラル、はっきりと伝えておく。私はバトラルを愛している」
その直接的な言葉にドキリと心臓が跳ねた。
「っ、ぁの」
「言わなくても良い。バトラルはまだ私をそう言う意味で好きじゃないんだろう。さすがに分かる。ただ、意識してもらえるよう、これから努力すれば良いことだ。だが、私がここに居られるのがどれほどの時間か分からない。それもあって、焦って強引な手を取ってしまった。申し訳ない」
「いえ……でも、どうして僕を好きになってくれたんですか」
これだけは聞いておきたいことを尋ねた。
実際、クライブにもバイロンにも好かれるようなことをした覚えはひとつもないのだ。
だから俺は俺のどこが好きなのか、疑問だった。
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