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33:突然

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ドMのはずのヨハイドが、もう二度と逃げ出さないと誓うほどのとんでもない目って、どんな目にあったんだろうと考えながら歩いていると、曲がり角でドンッと硬い何かにぶつかった。

「んぶっ! せ、先生っ」

相手はバイロンだったので、そりゃ硬いはずだと納得していると、上から低い声が降ってきた。

「バトラル。前を向いて歩かないと危ないぞ」
「はい。すみませんでした」

頭を下げるとバイロンは無言で見下ろしてきた。

「……あの?」
「……最近」
「はい」
「最近……」

口を開けては閉じ、何かを言おうとしているようだ。こんなに歯切れの悪いバイロンは珍しいので、俺は疑問に思いながらもバイロンの次の言葉を待っていた。

「その。殿下との仲が良いと聞いた」
「え……、えっと、はい。特に喧嘩などはしておりません」

幼なじみでもあるし、婚約者でもあるので、仲が良いのはいつも通りだ。
ただ、今は俺だけが勝手に気まずい気持ちにはなっているけど。それは多分誰にもバレていないはずだ。

「……」
「……あの?」

なんなんだ一体。
何を言い澱んでいたらこんなにも沈黙が長いんだ。
そう思っていると、バイロンがやっと口を開いた。

「……私は、現在婚約者はおりません」
「え? はい。え? なんで敬語なんですか」

突然のバイロンの敬語に驚きつつも反射で返事をすると、バイロンは徐に片膝をつき、右手を自分の胸に置き、左手を俺に向かって差し出してきた。

「どうか、この手をとっていただけませんか」
「はい? えっと、手を?」

よく分からないが、バイロンが差し出した手に自分の手を乗せてみると、指先がほんのりと暖かくなった。そして、俺を見ていたバイロンはパアっと笑顔になった。その笑顔はいつものイカツイ顔からは想像がつかないほどに、幼く見えて可愛らしく感じる。

「良いのか! 本当に? ああ、よかった……。本当に、よかった」
「……よかった、ですね?」

なんだか知らないけど。と頭の中で付け足していると、後ろから誰かにそっと抱き寄せられた。

「バトラル」
「クライブ?」
「私の手もちゃんと取ってくれるよね?」
「え? うん。何なの、これ? 流行り、とか?」

クライブの差し出した手にも、バイロンにしたみたいに手を重ねると、クライブはにっこりと笑みを深くした。いつもの穏やかで優しい笑顔とは違い、なんだか仄暗い感情の浮かぶ笑顔だ。
不思議と触れている手はポカポカと温まり、そこからその暖かさが全身に回るような感覚がして、まるで、温泉に浸かっているかのようで気持ちが良くなった。

「くくっ。流行りじゃないよ。もうずっと昔からある儀式だ」
「儀式?」
「そう、儀式。アルファとオメガを結ぶための、ね。遥か昔はオメガは生涯1人のアルファしか番に出来なかったらしいが、世界から女性が少なくなるとともに、人間の体は進化した。オメガは、まるで少なくなった女性を補うかのように、複数の番を持てるようになった」

それは何度か軽い房事教育で聞いたことがある。
だが、クライブの言った“儀式”というものに関しては、聞いたことがなかった。
もちろんゲームでもそんな場面はなかったはずだ。

「ああ、疑問に思うよね。オメガにはこの儀式について学ぶ機会はないんだ。皇族や一部の上位貴族のアルファだけが受ける房事教育でのみ知らされる。アルファから差し出された手にオメガが手を重ねた時、アルファはオメガが気がつかないくらいに小さなトゲをその体に埋め込む。そのトゲは、オメガの体の中で溶け、全身を廻り、番関係が成立するんだよ」
「え……? ってことは」
「そう。もう、私とバイロンは、バトラルの番ということ」
「えぇ!? そんな騙し打ちみたいな」
「……ごめんね?」

首を傾げて謝ったクライブは、ちっともごめんとは思っていなさそうだった。


「でもね。これは信頼関係があってこそ成立する儀式なんだ。オメガ側が、このアルファとなら番になっても良いって少しでも思っていたら成立するけど、逆にそうじゃなかったらトゲは体で溶けることなく、気がつかない間に体から排出されるし、そうなれば振られたアルファ側は命を落とす可能性もあるといわれている」
「えっと。そうなんだ……」

2人はなぜそんな危険な行為を突然?

クライブが俺にあれこれと説明してくれても、まだ発情期すらきていないのに突然2人と番になったと聞かされて混乱しているので、何も頭に入ってこなかった。



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