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迅英サイド③

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腕の中で何か暖かいものが動いている。
落ち着く匂いだ。
ああ、この匂いは菜月だ。

「ん、もう起きていたのか?」

目を開けると菜月が俺を見ていた。
可愛いな。

「あ……はい」
「おはよう」
「お、おはようございます」

朝の挨拶をするのはどれくらいぶりだろうか。
ひょっとしたらしたこともないかもしれない。

冷静に考えたら、昨日はきっと菜月はヒート明けだったのだろう。
それなのに無理をさせて申し訳ないな。

「……昨日は……悪かった」

俺が謝ったのに対してなぜだか菜月は傷ついた顔をした。
俺の言ったことの何に傷ついたのか、俺にはわからない。
菜月は何に怒って、何で喜んで、何で悲しんで、何で楽しむのか俺は何一つ知らないんだ。

「気にしないでください。幸い、うなじは噛まれていませんので」

菜月は傷ついた顔を引っ込めて笑顔でそう言った。
俺は自分自身に嫌気がさした。
菜月に俺は今までどれほど我慢をさせた?
悲しいという感情をそのまま俺に伝えられないほどに俺は信用されていない。
その事実に気がついて俺はブルリと震えた。
このままじゃ菜月に捨てられてしまう。

菜月が俺の側からいなくなってしまう。

「朝飯を一緒に食べないか?」

俺は気がついたらそう誘っていた。

「えっと、僕と……ですよね」

菜月はぽかんとした表情をした後にそう聞いてきた。

「いやか?」
「あ、いえ! 全然嫌じゃないです。ただその」

全然嫌じゃないのか。ではまだ俺に可能性は残されているのか?

「なんだ」

俺ははやる気持ちを抑えてそう聞いた。
菜月は少し居心地悪そうに手を擦り合わせてから言いづらそうに俺を見た。

「あ、いえ、その……今回は少しヒートが長めだったので朝食を食べるお金が、無くてですね」
「は?」
「いや、だからその……、給料日の後にしていただけませんか?」

朝食を食べるお金がない……?
あ、外食をすると思っているのか?

「家で食べないかと話しているんだが」
「それはわかっているんですが、家にある食材は今、迅英さんの分しかなくて」

どういうことだ?
どういう意味だ?
俺は理解したくなかった。

「すまない……、何を言っているのか分からないんだが……、俺の食材しかなくて菜月くんはどうするつもりだったんだ?」
「今日まではバイトがお休みでしたのでいつも通り迅英さんの朝食を作ってからここに篭る予定だったので朝食は食べる予定はありませんでしたけど」
「……なぜ、俺が渡した食費で食事しない」

普通の2人分の食事よりもかなり多めに渡していたはずだ。

「あ、えっと、ちゃんと、渡された食費はあの、迅英さんの1ヶ月の食費に当てて、あのちゃんと、僕は使ってないです! あ、えっと、家計簿とレシートをとってあります! ぼ、僕、1円も使ってないですから! 家計簿今すぐ持ってきます!」

慌てたように菜月がそう捲し立てた。
なんだよ、それ。そんなの夫婦とは言えない。それじゃあまるで給料の出ない奴隷じゃないか。

俺はなんてひどいことを菜月に……。
菜月はそんな扱いにもかかわらず健気に耐えていたのか。
俺はどれだけクズやろうなんだ。

「いい」
「え」

家計簿を持ってくるのを断ると菜月は戸惑った顔をした。

「これからはもう少し多めに渡すから、菜月くんの分の食費もそこから出してくれ」
「や、そこまでしていただくわけには。僕は家賃も光熱費も出していただいているので」

もう菜月はきっと俺と夫婦だなんて思っていないかもしれない。

「いいから……頼む」

俺は菜月が好きだ。
もう菜月が俺を好きじゃなくなったとしても、それだけは伝えたいと思った。

それから少しでも自分の食費を減らそうとする菜月の皿に俺の分として装われた皿からおかずを移すのが日常になった。

菜月とちゃんと関わるようになってから俺は菜月のことをどんどん好きになっていた。
一緒にお風呂に入ったり、一緒に出かけたり、菜月と過ごす時間が俺には何者にも変えがたい大切なものになっていた。

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