僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう

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新しい場所で

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勢いで家を出て来たは良いものの、行く先も決まっていない僕はネットカフェに一晩泊まることにした。スマホでΩ専用フロアがあって比較的安全なネットカフェを探して入った。

僕は不思議とスッキリした気分だった。
本当に迅英さんのことが好きじゃなくなったのかもしれない。
そうだと良い。迅英さんのことを本当に好きじゃなくなったら良い。

僕が迅英さんのことを忘れて、迅英さんも僕のことを忘れて、それぞれ別々に幸せになれれば良い。

翌朝プラプラと街を歩いていたら声をかけられた。

「あ、あの」
「え? 僕ですか? なんでしょうか」
「お兄さんが困った顔をしてたから、大丈夫かなって思って」
「僕が困った顔をしてた?」
「はっ、はい。あの、こっちに来てください」

僕よりも少し小柄な多分Ωの男の子に手を引かれて、あれ? これって詐欺とかマルチとかそういうのなんじゃないのと思いつつ、僕は引っ張られるままについて行った。

「ここは……」

連れて行かれたのは僕に薬を処方してくれたΩのシェルターが併設された私立病院だった。

「僕、ここのシェルターにいるんです。ここはシェルターに入ってなくても親身になって話を聞いてくれるので、お兄さんにもおすすめです。困ったことがあったのなら、ここに寄って行きませんか」
「えっと……僕は」

「ね、寄って行くだけでもいいから来てください」
「じゃあ、少しだけ」
「よかった」

にっこりと笑った顔が可愛い男の子だな。

「あなたの名前はなんていうんですか?」
「僕は、たち……いや、僕は、菜月です」
「菜月さん、ね。僕は凛太郎っていいます。よろしくねっ」
「はい」

シェルターにいるようなΩはみんな虚な目をしていると思ってた。
だけど凛太郎さんは明るくて生き生きとした目をしている。

凛太郎さんに連れられて入ったシェルターの中にはたくさんのΩが居たけど、その人たちも誰一人精神を病んでいるようには見えなかった。

「ここ座ってください。今お茶持ってきますね」

僕を来客用と思われるソファに座らせて凛太郎さんは奥の部屋に消えていき、程なくしてお盆にお茶を2つ乗せて戻ってきた。

「ありがとうございます」
「いえいえ。ここのシェルターは助け合いの精神が基本なので」
「このシェルターは何だかみんな明るくて素敵ですね」
「そう? そう言ってもらえて嬉しいな。もしも菜月さんもここに居たいなって思ってくれたならいつまでも居て大丈夫なんですよ」
「僕は」
「ま、とりあえず3泊くらいして決めたら良いと思うんです」
「え」
「すぐには決められないでしょう? お試し入居ってことで。ね?」
「えっと、じゃあ……よろしくお願いします」

その後はシェルターにお試しで泊まるって人や、一時的な避難の場所に使う人などのために用意された部屋に案内された。
ホテルのようなベットが一つあって机が備え付けられていた。

「次は作業場を案内しますね。こっちです」
「作業場?」
「僕たちはパンを作ったり、キーホルダーを作ったり、まぁいろいろなものを作ってバザーみたいな形で売っているんです。このシェルターを併設している病院の先生が僕たちの生活費を賄ってくれているんですが、頼り切っていては申し訳ないので」
「そうなんですか」

案内された作業場はいくつかあって、それぞれの場所でパンや、装飾品など各々好きなものを作っているところを見た。やっぱりみんな生き生きしていて温かい空間に感じた。

「凛太郎さんはいつも何を作っているんですか?」
「僕はね、曲を作ってるんです」
「え、曲!?」
「へへ。まぁ、歌は歌えないので別の子に歌ってもらって、それを動画サイトに上げて。意外と最近は見てもらえるようになったんですよ。お金も少しですが稼げるようになりました」

凛太郎さんは、はにかみながらそう言った。

「すごい。凛太郎さんはすごいですね」
「そんなことないですよ。菜月さんもここにいることになったら、何か始めてみたら良いと思います」
「そうですね……何か新しいことを始めるのも良いかも」

そう言って笑うと凛太郎さんも笑った。

「菜月さんは笑顔が素敵ですね。今、笑えるならきっと菜月さんは大丈夫。僕たちと一緒にここにいてくれたら嬉しいなって思ってる」
「はい」

僕もここに居たいと思った。

その日は部屋に戻ってゆっくりと寝た。

次の日は起きてから色々な作業場にお邪魔して少しずつ体験をさせてもらった。
でもどれもしっくり来るものがなかった。

そんな僕を見て、凛太郎さんは僕が新しく何かを始めても良いんだって言ってくれたから、僕は自分には何ができるのかなって考えてみた。

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