僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう

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あの薬

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「おい、いつまで蹲ってんの?」

男たちは僕たちの近くまで来ていた。

「春樹くん、家の中に入っていて」
「えっ、でも」

春樹くんは蹲ったまま戸惑ったように僕を見た。

「いいから」

僕はそう言って家の鍵を渡して春樹くんの背中を軽く押した。

「なんなの、君。俺らは春樹くんに用があるんですけどぉ~」

ゲラゲラと笑い声が不快に感じる。

「彼はあなたたちに用は無さそうでしたけど」
「はぁ~? そんなの聞いてみなきゃ分かんないじゃん。おーい、春樹く~ん。出ておいでよ~」

家の中に入った春樹くんに向かって大声をあげる男たちに不快さが増した。
彼らを見る限り、αじゃないことは分かる。
ただΩの僕からすればβにも普通に力は叶わないのでこれからどう切り抜ければいいのかと考える。

隙をついて走って逃げる?
いや、足も彼らより速い自身はない。
大声を上げて助けを呼ぶ?
いやΩを助けようと思う人はなかなかいない。
考えても逃げる方法は思いつかないし、とりあえず穏便に帰ってもらえないだろうか。

「あの、今日のところは帰っていただけませんか」

僕がそう言うと男たちはまたゲラゲラと笑った。

「何言ってんの。俺たちもうやる気満々だし~」
「それとも君が相手してくれんの? 俺たちは別に君でもいいけど。可愛いしね~」
「Ωなんだからヤるために生まれてきてんだし、君も本望でしょ?」


下卑た笑い声に吐き気がする。
こんな奴らにも叶うことのない自分の力の弱さにもうんざりした。
僕がΩだからいけないのか。
僕がΩだから。Ωじゃなくなれば。

僕は無意識に胸元に手を伸ばす。
胸ポケットには祖父に盛られていた薬が入っている。
αの匂いが分からなくなり、αに対して自分から不愉快な匂いを発するようになる薬。
分かってる。
こんなのを飲んだところで何の解決にもならない。
だって彼らはβだ。
分かってるのに、僕は今この薬を飲みたくて仕方なくなってる。
自分がΩであることが嫌で仕方がない。
だって、だって、僕がΩじゃなければ、迅英さんのことを好きになることなんて無かったかもしれない。そしたら、迅英さんと結婚することも、捨てられることも無かったかもしれない。
迅英さんに好かれることを夢見ることも無かったかもしれない。

「何やってんの~? それ飲んだらなに?」
「感度でもあがんの?」
「やる気満々じゃん! さすがΩ!」

男たちはいまだに騒いでいる。
だけど僕には雑音に感じて何も理解できなかった。
ただ手に持った薬を見つめて。
僕は震える指で薬のパッケージを開けて、それを口に入れようとした。


パシ

口に薬が入りそうになる瞬間、手を掴まれて止められた。
手の先を辿って止めた人物を見て驚いた。

「迅英さん……なんで」

迅英さんは僕より先に仕事に出たはずだ。

「近所の人が電話してくれて駆けつけたんだ」
「そう、ですか……」

迅英さんは僕を抱き寄せて、男たちに向かってうせろと言った。
迅英さんの胸元にくっついた耳から低い響きが伝わってきて心地よく感じた。

「はぁ? 今から俺らその子とヤるんですけど、邪魔しないでもらえませんか?」

男たちの中の1人が迅英さんに負けじと言い返した。

「この子は私の妻だ! 手を出したら殺すぞ」
「妻ぁ? へぇ~。まぁいいや。じゃあ一晩貸してよ」
「お前は頭がいかれているのか。それともぶっ殺されたいのか、どっちなんだ?」

迅英さんは静かに聞いた。
だが男が何か答える前に迅英さんは僕を一旦離してその男をぶん殴った。
男の股間を蹴り上げて呻き声を上げて逃げようとする男を殴り続ける迅英さんを見て、他の男たちは逃げていった。

「迅英さん! もうやめてください! その人死んじゃいますよ!」

迅英さんは我を忘れて殴りまくっていて僕の言葉は全然耳に入っていないようだ。
僕は必死に迅英さんの腕にしがみついて止めてやっと迅英さんはこちらを見た。

「菜月、くん……すまない」

迅英さんはうなだれて言葉を発しなくなった。
僕は男の頬をペチペチとやって起こした。

「はやくどこかに行ってください。このこと、誰かに話したらあなたのご実家を篠原家が調べることになりますのでご理解ください」

僕がそう言うと男は黙って逃げていった。
実家を調べてどうするかは言ってないので脅したわけじゃない。
第一向こうが悪いのだし。

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