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おばさん

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「お前の結婚相手が決まったぞ」

ある日学校から帰ったら祖父からそう告げられた。

「結婚相手……ですか」
「ああ。お前の一つ年上のαだ」

1つ年上といえば、迅英さんの顔が浮かんだ。
迅英さんみたいな人だったら。
たとえ自分が気に入らない相手でも困っていたら助けてあげられるような、優しい人だったら。
だけど僕はそんなに優しい迅英さんに嫌われているから、その結婚相手にも嫌われるかもしれない。

「何を黙っているんだ。ったくこれだからΩは」

祖父は忌々しそうに呟いた。

「いえ。すみません。相手はどのような方なのですか」
「今日の夜、先方とディナーだ。少しはマシな格好をして準備しておけ」
「今夜……。かしこまりました」

僕はさっそく部屋に戻ってお手伝いさんに手伝ってもらいながらディナーの準備をした。

いい人だったらいい。
僕を捨てることのないような。
それだけを繰り返し思った。


レストランについて祖父と2人、席で待っていると先方が現れた。
そこにいたのは壮年の男性と迅英さんだった。

「あ……橘先輩…」

僕がそう呟くと迅英さんも僕を見て僅かに目を見開いて、少しだけ嫌そうな顔をした。

「君か……」

壮年の男性がそれに気がついて嬉しそうな顔をした。

「お、知り合いだったか? よかったな。迅英」

男性にそう言われて迅英さんはサッと笑顔を取り繕った。

「はい。篠原 菜月君……だよね? これからよろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」

迅英さんの優しそうな微笑みが僕に初めて向けられて、僕はそれが嘘の笑顔でも嬉しいって思った。

「ではあとは若い2人に任せて私たちは行きましょうか」

男性がそう言うと、祖父は僕の方をギロリと睨んで「失礼のないように」と言い残して男性と共に去っていった。
しばらくお互い無言だったけど、沈黙を破ったのは迅英さんだった。

「さっきのは俺の父でね。父は君のおばさんと仲がいいらしくて、この結婚を断りづらいみたいなんだ」
「……そう、なんですか」
「分からないか? 君からおばさんにこの結婚を反対して欲しいんだが」
「え」
「君のおばさんが君との結婚をゴリ押してきてるんだよ。俺には好きな子がいるのに」
「おばさん……? 祖父ではなくて……?」
「ああ。そうだよ」
「……分かりました。おばさんを説得してみます」

この結婚が決まってしまったら困るのは僕だ。
きっと将来捨てられることになるんだから。

「そうか。では送って行こう」
「いえ、自分で帰れますから」
「君に何かあっては大変だ。それこそ責任を取らされかねないからね」

そう言って迅英さんは僕を冷たく睨んだ。
嫌われてるなぁ、僕。
何かした覚えはないけど。
その日は迅英さんに送ってもらった。

次の日、おばさんのところに行って訳を話して婚約をなかったことに出来ないか聞いた。
おばさんとは言っても祖父の兄の孫にあたる人で、家系図で言うと再従姉妹いとこらしい。

「そんなことできる訳ないない」

おばさんは軽く笑って答えた。

「そんな……」
「いいから、少しは好かれる努力くらいしてみなって。好きなんでしょ?」
「え……何で」
「前野から話は聞いたよ」

前野というのは僕に優しくしてくれるお手伝いさんの名前だ。

「前野さんが……?」
「前野は私の秘書だよ」
「秘書っ!?」
「そ。まぁ、もっと早くこうしておけば良かったけど、菜月、私の家に来るかい?」
「え?」
「前野をアレの家に忍び込ませてから、いろいろ大変なことになっていることが分かったのさ。菜月にも嫌な思いを沢山させてしまったことを知ってしまった」
「アレって、僕の祖父のことですか?」
「そうそう」
「おばさんは何で僕と橘さんの結婚を決めたんですか」
「そりゃあ、菜月と迅英くんが運命の番だからさ」
「おばさん……ふざけないでください」
「ふざけてないよ? だって、アレが菜月に摂取させていた薬の作用がそう物語っているからね」
「薬? 僕、薬なんて飲まされてませんけど」
「そりゃあ菜月は気付いてないだろうけど、菜月から採血された血を調べたらしっかりと薬の成分が出ていたよ。大方食事にでも入れられていたんだろ?」
「そんな……。一体、どんな薬なんですか」
「αの匂いを分からなくする薬。そしてαにとって不愉快な匂いを発する薬さ」
「何でそんなものが」
「本来は、Ωに生まれて精神を病んだ人が摂取する薬さ。αの匂いもわからず、αに対して嫌な匂いを発する。ヒートは来るけど、それもかなり楽になるらしい。それは飲み続けていれば自分がΩだと認識すること自体少なくなる薬なのさ」
「だけど僕、普通にヒートがきてました」
「ヒートの時期になると怪しまれないように誘発剤も飲まされてたんだろうね」
「そんな……。でも、でもそれが、運命の番とどう繋がるんですか」
「薬を飲んでいるのに、迅英君からいい匂いがしたんだろ? 何ともいえないくらいいい匂いが」
「だけど、それは柔軟剤とかかもしれないしっ」
「いいや。菜月は分かってるはずさ。大体、一度助けられたくらいで好きになってたらキリがない。菜月は本能で迅英くんに惹かれているのさ」

そんなことないとは言い切れなかった。
結局僕はおばさんの説得に失敗した。
おばさんの話だと、僕はその薬を何年も飲まされていた影響で薬が抜け切るまでに何年かかかるかもしれないという話だった。
薬が抜ければ迅英さんは僕を運命の番だと認識してくれる。
それまでもちゃんと好かれる努力をしなさいと言われた。

その日から僕はおばさんの家にお世話になることになった。
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