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会長視点
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会長(冬馬龍一郎)視点
龍一郎は5歳の頃、バース検査を受けた。
結果は見事アルファ。冬馬家は古くから一族経営で会社を経営しており、アルファ至上主義の父親は龍一郎がアルファと診断され、それはそれは喜んだ。
龍一郎には4つ上の兄の裕二がいたが、裕二はベータだった為、龍一郎がアルファであることが決定した日、後継からは外された。
『龍一郎、アルファで生まれてきてくれてありがとう』
母は、時々龍一郎に向かって悲しそうにそう言った。
幼い日の龍一郎は、ただ、自分の誕生を喜ばれているだけだと思い、毎回笑顔で頷いていた。
『龍一郎様、お食事の時間ですよ』
裕二は、まるで付き人のように龍一郎を様付けし、敬語を話し、世話を焼いた。
『兄様。様付けなんてやめてよ』
『そのようなわけには参りませんよ。龍一郎様は、冬馬家の跡取りなのですから。ですから私のこともどうか呼び捨てにしてください』
裕二のその一線を引く様な態度を、龍一郎はとても寂しく感じていた。
5歳のバース検査を迎えるあの日までは、2人はとても仲の良い兄弟で、裕二はいつも龍一郎を優しく甘やかしてくれていたのに。
10歳を迎える頃には、父親に怪しげな店に連れていかれた。そこは、オメガだけが居る風俗のような場所で、父親は龍一郎に『好きなのを選びなさい』と、まるでおもちゃを買ってくれる時のようにそう言った。牢屋のような場所で、全てを諦めたような目をしているオメガたちが、幼い龍一郎には怖く感じた。
『俺は、いらない……』
そう言った龍一郎の頭を父親は笑いながらポンポンと叩いた。
『なんだ。怖いのか? 大丈夫だ。実はお前の母親もここから買ったんだよ。将来のお前の妻になる者も、ここから選ぶことになるだろう……。まぁ、今日はとりあえずどんなものか見せに来ただけさ』
父親は楽しそうに笑った。けれど龍一郎は何が面白いのかちっとも分からなかった。
(気持ち悪い。吐き気がする)
自分も、大人になったら父親のようになってしまうかもしれないと思ったら、腹の底から嫌悪感がこみ上げ、恐怖を抱いた。
『それが、アルファ。上に立つ者ですよ』
裕二はそう言った。
『兄様……。俺は、嫌だ……。こんなのは嫌だ』
『……すみません。龍一郎様。代わってあげられなくて、俺がベータに生まれてしまって、すみません』
『っ』
裕二もとても辛そうな顔をしていた。
裕二はその手で龍一郎の涙を拭い、すみません、申し訳ございません、と繰り返した。
生まれる性別なんて、そんなどうしようもないことで兄を謝らせてしまった。
『こんな、大企業でもないただ古いだけの会社、いつか潰れる。アルファ至上主義なんて、近い将来なくなる……。兄様はただ、ベータに生まれただけだ。この家で俺よりも辛い想いをしているのを、俺も知ってるんだ……。俺の方こそ、ごめん。兄様、ごめん』
母も、裕二も、このアルファ至上主義の家で、龍一郎よりも遥かに辛い思いをしていることなんて、知っていたのに、甘えてしまった。
だからなのだろうか。
母と裕二は、それから半年もしないうちに冬馬家から夜逃げした。
龍一郎だけを置いて、いなくなってしまった。
父は、母や裕二が家から居なくなったことなど何一つ気に留めることなく、1週間後には新しいオメガの母親が家に来た。新しいオメガを手に入れて、脂下がった父親の顔は心底気持ち悪かった。
それから、龍一郎は冬馬家から離れることだけを考えて生きてきた。
表向きは父親に対して従順に。周りが望む通りに生徒会長にもなった。
けれど、その裏で、余るほどに与えられるお小遣いを使い、株などで稼ぎ、海外を拠点にする会社を立ち上げるほどになった。寮生活というのはかなり便利だった。
生徒会の中には、冬馬家と繋がりのある家の子息も居て、気を抜けない生活を送っていたある日、うっかり居眠りをしていた龍一郎の元に、下級生が入り込んできたのだ。
愛らしいその見た目は、アイドルをやっていてもおかしくないと思うほどで、龍一郎は過労で死んでしまって天使でも見ているのかと思ったほどだ。だが、寝ぼけていた頭が冴えてくると、その生徒は見たことがある生徒だと気がついた。
いつ見かけても、周りに甘えている男子生徒だ。
あまり周りに甘えすぎると、人は居なくなってしまう。龍一郎の母や兄のように。
いつもどこかハラハラした気持ちで彼を見ていた。
だからか、日頃、鷹揚に振る舞っていることを忘れ、ただ、龍一郎として接してしまった。
余計な失言などもして、らしくもなく慌てまくった龍一郎はその日は彼を寮まで送りとどけた。
それから、龍一郎はちょくちょく生徒会室に訪れるようになった彼を、待っている自分に気がついた。
彼と話すのは、とても楽しく、居心地が良かった。
龍一郎は5歳の頃、バース検査を受けた。
結果は見事アルファ。冬馬家は古くから一族経営で会社を経営しており、アルファ至上主義の父親は龍一郎がアルファと診断され、それはそれは喜んだ。
龍一郎には4つ上の兄の裕二がいたが、裕二はベータだった為、龍一郎がアルファであることが決定した日、後継からは外された。
『龍一郎、アルファで生まれてきてくれてありがとう』
母は、時々龍一郎に向かって悲しそうにそう言った。
幼い日の龍一郎は、ただ、自分の誕生を喜ばれているだけだと思い、毎回笑顔で頷いていた。
『龍一郎様、お食事の時間ですよ』
裕二は、まるで付き人のように龍一郎を様付けし、敬語を話し、世話を焼いた。
『兄様。様付けなんてやめてよ』
『そのようなわけには参りませんよ。龍一郎様は、冬馬家の跡取りなのですから。ですから私のこともどうか呼び捨てにしてください』
裕二のその一線を引く様な態度を、龍一郎はとても寂しく感じていた。
5歳のバース検査を迎えるあの日までは、2人はとても仲の良い兄弟で、裕二はいつも龍一郎を優しく甘やかしてくれていたのに。
10歳を迎える頃には、父親に怪しげな店に連れていかれた。そこは、オメガだけが居る風俗のような場所で、父親は龍一郎に『好きなのを選びなさい』と、まるでおもちゃを買ってくれる時のようにそう言った。牢屋のような場所で、全てを諦めたような目をしているオメガたちが、幼い龍一郎には怖く感じた。
『俺は、いらない……』
そう言った龍一郎の頭を父親は笑いながらポンポンと叩いた。
『なんだ。怖いのか? 大丈夫だ。実はお前の母親もここから買ったんだよ。将来のお前の妻になる者も、ここから選ぶことになるだろう……。まぁ、今日はとりあえずどんなものか見せに来ただけさ』
父親は楽しそうに笑った。けれど龍一郎は何が面白いのかちっとも分からなかった。
(気持ち悪い。吐き気がする)
自分も、大人になったら父親のようになってしまうかもしれないと思ったら、腹の底から嫌悪感がこみ上げ、恐怖を抱いた。
『それが、アルファ。上に立つ者ですよ』
裕二はそう言った。
『兄様……。俺は、嫌だ……。こんなのは嫌だ』
『……すみません。龍一郎様。代わってあげられなくて、俺がベータに生まれてしまって、すみません』
『っ』
裕二もとても辛そうな顔をしていた。
裕二はその手で龍一郎の涙を拭い、すみません、申し訳ございません、と繰り返した。
生まれる性別なんて、そんなどうしようもないことで兄を謝らせてしまった。
『こんな、大企業でもないただ古いだけの会社、いつか潰れる。アルファ至上主義なんて、近い将来なくなる……。兄様はただ、ベータに生まれただけだ。この家で俺よりも辛い想いをしているのを、俺も知ってるんだ……。俺の方こそ、ごめん。兄様、ごめん』
母も、裕二も、このアルファ至上主義の家で、龍一郎よりも遥かに辛い思いをしていることなんて、知っていたのに、甘えてしまった。
だからなのだろうか。
母と裕二は、それから半年もしないうちに冬馬家から夜逃げした。
龍一郎だけを置いて、いなくなってしまった。
父は、母や裕二が家から居なくなったことなど何一つ気に留めることなく、1週間後には新しいオメガの母親が家に来た。新しいオメガを手に入れて、脂下がった父親の顔は心底気持ち悪かった。
それから、龍一郎は冬馬家から離れることだけを考えて生きてきた。
表向きは父親に対して従順に。周りが望む通りに生徒会長にもなった。
けれど、その裏で、余るほどに与えられるお小遣いを使い、株などで稼ぎ、海外を拠点にする会社を立ち上げるほどになった。寮生活というのはかなり便利だった。
生徒会の中には、冬馬家と繋がりのある家の子息も居て、気を抜けない生活を送っていたある日、うっかり居眠りをしていた龍一郎の元に、下級生が入り込んできたのだ。
愛らしいその見た目は、アイドルをやっていてもおかしくないと思うほどで、龍一郎は過労で死んでしまって天使でも見ているのかと思ったほどだ。だが、寝ぼけていた頭が冴えてくると、その生徒は見たことがある生徒だと気がついた。
いつ見かけても、周りに甘えている男子生徒だ。
あまり周りに甘えすぎると、人は居なくなってしまう。龍一郎の母や兄のように。
いつもどこかハラハラした気持ちで彼を見ていた。
だからか、日頃、鷹揚に振る舞っていることを忘れ、ただ、龍一郎として接してしまった。
余計な失言などもして、らしくもなく慌てまくった龍一郎はその日は彼を寮まで送りとどけた。
それから、龍一郎はちょくちょく生徒会室に訪れるようになった彼を、待っている自分に気がついた。
彼と話すのは、とても楽しく、居心地が良かった。
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