上 下
43 / 43

36 完

しおりを挟む
思う存分千景を堪能して、気がついたときには窓から陽が入り始めていた。
疲れてスヤスヤと寝息を立てる千景が愛おしい。

「千景、ごめんね」

眠る千景に謝った。
無理をさせてしまったこともだが、千景が望んだ訳でもない復讐を勝手に遂行したことに対しても。

「……んん、ふぇる……」

千景はまるで猫のように頬を触った私の手にすり寄って、ふふんと笑った。
これから先、私たちは千景の想像できる期間よりもはるかに長い一生を共にする。

その間にこの一連の私の行動がバレてしまうことのないように、慎重に行動しなければならない。万が一バレて私が嫌われることになってしまっては、千景が私と共に過ごすことにストレスがかかるかもしれないからだ。千景に余計なストレスはかけたくない。
だが、もちろん千景が私を嫌ったくらいで手放してやる優しさも持ち合わせていないから、復讐については極秘だ。

大切にされることのなかった千景の人生を、千景が生まれてからずっと横で見てきた。
私はずっと千景を甘やかしたいと思っていたけれど、結局今は千景に甘えてしまっている。

「んん……」

千景がモゾモゾと起きそうな雰囲気で体を動かし、うっすらと目を開けた。

「千景、もう少し寝ていていいよ」
「フェル……、おはよ。もう起きるよ」
「そうかい? 無理をさせてしまってごめんね」
「全然……。その、僕もフェルレントとするの、好きだから」
「っ」

寝起きの潤んだ瞳で上目遣い。
朝からこんなに可愛いことばかり言ってくれるから、私の自制心を試されているんじゃないかと思う時がある。
己の自制心をフル稼働させて千景の頬を撫でることで押し留めると、千景も徐に私の頬を撫でてくる。

「どうしたの?」
「ふふ。だってフェルレントがいっつも僕の頬を撫でるから、僕もお返し」

またふふんと満足そうに笑うのが愛おしくてたまらない。

「本当に、千景は私を甘やかすのがうまいね」
「えっ、そうかな。僕の方がいっつもフェルレントに甘やかされてると思うけど」
「私が? 甘やかせられているかな」
「うん。フェルレントは僕のこと甘やかすのがうまいよ。なんでも『いいよ』って言ってくれるし。好きとか愛してるっていつも伝えてくれるからフェルレントと居て不安に思ったこともないし」
「それは甘やかしかな」
「甘やかしだよ」
「そうか」
「ふふ。不満そう」

千景が楽しそうに笑った。

「不満ではないよ。なんでそんなに楽しそうなんだい?」
「だって、珍しくフェルレントが子供っぽいから」
「そうかな」
「うん。フェルレントの知らない顔を見られるのは、僕はとても嬉しいよ」

千景はここにきて6年と少ししか経っていなくても、今や2児の母で、最近見せてくれる表情や仕草は大人びている。それがどこか寂しくて、けれど頼もしくて。自分も父親としてしっかりしなければいけないと思うのだ。

○  ○  ○
■千景side

フェルレントは僕をどう甘やかすかで悩んでいるらしく、その姿がなんとも子供みたいで僕は可愛く思った。正確なフェルレントの年齢を聞いたことはなかったけれど、この世界で生きる生き物はかなり長生きで、フェルレントも例にもれず千景よりだいぶ年上であるだろうことは分かっている。だから、そんな可愛らしい姿を見せてもらえて僕はとても嬉しかった。

子供が2人も居るというのに、フェルレントみたいに大人になりきれずガキ臭い僕をフェルレントは常に甘やかすし、甘やかしている自覚がないのも少し面白かった。

まだマルクもルークも生まれる前、僕は体調を崩したことがあった。
当時の僕はフェルレントは仕事だから邪魔をしちゃいけないと体調不良を隠した。
けれどフェルレントはそれにすぐさま気が付いて、その日の仕事をリモートワークに切り替え、僕の隣にずっといてくれたのだ。書類をペラリペラリと静かにめくる音で安心してぐっすりと眠ることができた。アダンや他の使用人だったら一緒に居てくれたとしてもあそこまで安心できなかっただろうし、今でも時々思い出して嬉しくなってしまう。
それにこの辺りの看病では病人にバナナとか、りんごとかを混ぜたミックスジュースみたいなものを食べさせるのが普通らしいのに、フェルレントは僕に合わせておかゆを作らせて、それをふぅふぅしながら食べさせてくれた。
看病なんて病院でしかされたことがなかったから、風邪で体は辛かったけど僕は本当に幸せだなって心がポカポカした。

そんなことの積み重ねで、フェルレントはいつだって僕を自覚なく甘やかしてくれている。

それにいつも申し訳なさそうにされるけど、フェルレントが夜に暴走するのだって僕は嬉しく思ってる。だってあんなに僕を求めてくれる人はいなかったし、フェルレントの紳士の仮面が剥げるのは僕の前だけだって優越感もあるし。

生きている頃、僕が死んだら誰か悲しんでくれる人がいるのかと思っていた。
けど、今になってはそんなことどうだっていい。
僕と一緒に人生を共にしてくれるフェルレントがいる。
僕とフェルレントの宝物の、マルクレントとルークレントがいる。
そんな僕たちと共に過ごしてくれるアダンや他の使用人たちもいる。

この幸せな場所が僕は大好きだから、他のことなんてもう考えられない。

しおりを挟む
感想 14

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(14件)

カスミ草
2023.11.29 カスミ草
ネタバレ含む
いちみやりょう
2023.11.29 いちみやりょう

カスミ草様
コメント&お気に入り登録ありがとうございます^^

最後まで読んでいただけて嬉しいです!

解除
あましょく
2022.12.07 あましょく
ネタバレ含む
いちみやりょう
2022.12.08 いちみやりょう

あましょく様
コメントありがとうございます^^
ストレスフリーで読んでいただけて良かったです!

解除
NOGAMI
2022.11.28 NOGAMI
ネタバレ含む
いちみやりょう
2022.11.28 いちみやりょう

NOGAMI様
最後までコメントありがとうございました^^
とても励みになりました!

次回作も頑張ります☺️

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

番に囲われ逃げられない

ネコフク
BL
高校の入学と同時に入寮した部屋へ一歩踏み出したら目の前に笑顔の綺麗な同室人がいてあれよあれよという間にベッドへ押し倒され即挿入!俺Ωなのに同室人で学校の理事長の息子である颯人と一緒にα寮で生活する事に。「ヒートが来たら噛むから」と宣言され有言実行され番に。そんなヤベェ奴に捕まったΩとヤベェαのちょっとしたお話。 結局現状を受け入れている受けとどこまでも囲い込もうとする攻めです。オメガバース。

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

βを囲って逃さない

ネコフク
BL
10才の時に偶然出会った優一郎(α)と晶(β)。一目で運命を感じコネを使い囲い込む。大学の推薦が決まったのをきっかけに優一郎は晶にある提案をする。 「αに囲われ逃げられない」「Ωを囲って逃さない」の囲い込みオメガバース第三弾。話が全くリンクしないので前の作品を見なくても大丈夫です。 やっぱりαってヤバいよね、というお話。第一弾、二弾に出てきた颯人がちょこっと出てきます。 独自のオメガバースの設定が出てきますのでそこはご了承くださいください(・∀・) α×β、β→Ω。ピッチング有り。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。