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29 エドガーサイド

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ジルへ軍から来た手紙を読んで俺は憤っていた。

なぜまたジルが行かなければならないんだ。
俺を含め今までジルを傷つけてきた人間と、これから傷つけようとする人間を全て制裁して周りたい。

手紙には最もらしい書き方で前戦へ向かうよう指示が書かれていた。
ジルは本調子ではない自分が行けば迷惑がかかるからと乗り気ではないようだが、結局は諦めて向かいそうな気配で、それもまたもどかしく感じた。

「今は、あなたは万全の状態ではありません。俺が行ってまいります」

そう言った俺に対してジルは目を丸くした。
だが、今の俺は自分にはジルしかいないと気がついてしまっている。
ジルが居なくなるのならば、俺の命など何の意味も持たない。
ジルが居てこそ俺は生きていけるんだ。

エンバルトリアへ向かう間に俺は死ぬほど後悔し、そのことに気がついた。

「こんなところに行けば死ぬかもしればいんだぞ」

絞り出すようにそう言ったジルに俺は笑って答えた。

「あなたが死ぬよりはその方が良いと思います」
「なに……?」

困惑した声を発したジルは、青白い顔をしていた。

国に誓った忠誠心は、もはや今は持ち合わせていない。
国に、軍に、そう誓っても、それらはジルを守ってくれはしないのだから。

いっそのこと、全て投げ出して遠い国へジルを連れ去ってそこで生活してもいいかもしれない。

「いっそ、国を捨てようか」

ポツリと呟かれたその言葉は、俺の口から出たものではなかった。
驚いてジルを見ると目を瞑って何かに思いを馳せているように微笑んでいた。

「国を捨てて、どこか遠い場所で穏やかに生活してみるのも良いかもしれない。幸い俺はサバイバルには慣れてるしな」
「ジル……様」
「……様なんてつけなくていい。エドガー教官」

ジルは目を開いて俺の目をまっすぐ見据えてそう言った。

「ジル……気付いて……?」

困惑した俺を見てジルは諦めたように息を吐き出し口の端を上げて笑った。

「今日の昼間、ニコルと会ってるエドガー教官を見たよ。まだ付き合っていたんだね」
「なっ! 違う!! 今日はたまたま会っただけで、あいつとはもう……」
「俺、何もかも上手くいかないんだ。ルノーのことも信じそうになっていたけどダメだった。みんな俺を嫌う。エドガー教官、ニコルと共謀して俺を陥れようとしていた? でも、それは失敗でしたね。ニコルと落ち合うならもっと遠くにするべきだった」
「違う! ジル、俺は……俺はジルが好きなんだ。ずっと認めるのが怖かったが、一度認めてしまえば、今度はジルを失うのが怖くなった。ジルが俺を別の人間だと思っていることを利用して側にいた。ただ側にいるだけで楽しくて幸せで、だけど騙している罪悪感でいっぱいで、こんなのはジルが初めてだったんだ。覚えてないかもしれないが前に話した傷つけてしまった大切な相手というのはジルのことだ!!」

ジルは目を見開いて固まった。

「……覚えている。もちろん……覚えてるよ。あの時俺は、愛されているルノーの相手が羨ましいと思ったんだ」
「ジル……、バカですまなかった。ジルが悪いことをするわけがないのだと、今なら簡単に分かるのに正常な判断もできずに長いことジルを傷つけた」
「いえ……もう、過ぎたことですから」

拒絶するようにそう言ったジルの手を取って椅子に座るジルの目線に合うように膝をついた。

「許してもらえるとは思っていない。だが、俺は本当にジルを愛してる。散々傷つけておいて勝手な話だがそれだけは知っておいてほしい」

ジルがこの先、国を捨て逃亡するならば、どこかできっとひっそりと暮らしてそこで良い相手が見つかるのだろう。
それならば俺はこの国に残り、ジルがどこかで幸せに暮らすのを応援するしかないのだ。

「……れも、俺もまだ愛してる」
「っ!!」

小声でも何と言ったのかははっきりと分かった。

「っ、はは。エドガー教官、泣いてるの?」
「嬉しくて……すまない」

俺の頬を後から後から流れてくる涙が濡らし続ける。

「でも、泣いて喜んでくれるならもう一度だけ、信じてみてもいいかもな」

その言葉を聞いて、ジルがどれほどの覚悟を持って俺に「愛してる」と伝えてくれたのかを知った。ジルは愛してると言った瞬間裏切られるのではないかと不安だったんだ。
ホッとした様子のジルを見て無性に触れたくなって、抱き寄せた。

微かに震えるその体を抱きしめているとしばらくして寝息が聞こえ始めた。
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