上 下
30 / 36

28 軍からの手紙

しおりを挟む
「何かありましたか?」

エドガーは昼間のことを俺が見ているとも知らず、何食わぬ顔で俺にそう聞いた。

「いや、何もないよ。ありがとう」

俺も、普段通りに笑って答えた。
エドガーの目的が俺を絶望させる事だとして俺はこれからどうするのが正解なのだろうか。
味のしない肉を切りながら考えた。

それにしても、と、考える。

俺は結局どこまでいっても、エドガーを好きになってしまうのか。
ルノーのことだって、好きになりかけてた。
エドガーに拘らなくても良いんだと思わせてくれたのが、まさかエドガー自身だったなんて誰が思うだろうか。

「ルノーは……いつまでここにいる気だ?」

ふとそう尋ねるとエドガーは口を引き結び、何かを覚悟するように一度目を閉じてから、ゆっくりと開いた。

「ジル様が、邪魔だと仰せならすぐにでもここを出る覚悟はあります……ですが、居ても邪魔にはならないと仰っていただけるなら、俺はまだここに居たいです」
「……そうか」

悪意の見えない瞳に、出ていけとも、ここに居ろとも言えなかった。

俺がここを出ていけと言えば、素直に出ていくというエドガーは俺へ復讐するつもりなどないのだろうか。そんな風に性懲りもなく期待したくなってしまう。

それとも、俺がここを追い出さないという自信でもあるのだろうか。

俺への復讐じゃないとしても、何が目的なのかまるで見当がつかない。

エドガーの心を測りかねて、俺はどう行動していいのかが分からなくなった。

「そう言えば、手紙がいくつか届いていました」

重い空気を変えるようにエドガーが机の上に何通か手紙を置いた。

「そうか、ありがとう」

俺もワントーン高めにそう返事をして受け取った手紙を確認した。
数通はユリスや他の生き残った兵の近況報告の手紙で、元気そうな様子に頬が緩む。

だがその中の1通に軍からの手紙が入っていた。
内容を要約すると、怪我は粗方治ったのだから次の戦場へ隊長として行く準備を整えるようにとの内容だった。
向かわされる予定地の戦場の名前はまた最前線で、まだ本調子ではない俺が行けば今度こそ死ぬかもしれない危険なエリアだ。

軍人として、死ぬ覚悟はいつもしているつもりだ。
だが、本調子ではない自分が行けば周りに迷惑もかかる可能性もあるし、簡単にうなずくことはできない。

手紙を見ながら難しい顔をしている俺にエドガーは紅茶を差し出した。

「その手紙、軍からですよね」
「ん? ああ」
「見せていただけませんか」
「何で」
「見たところ、守秘義務の判も押されていないようですし、俺が見ても問題ないですよね?」

エドガーの言うように、軍が秘密にしたいような内容であれば手紙の郵送方法も違うし、封筒の内側に守秘義務の判が押されている。
これにはそれがないのでエドガーが見ても何も問題のない内容なのだが、そのようにズケズケと見せろと言われれば見せたくなくなるというものだ。
だが、引かなそうなエドガーの様子に俺は諦めて手紙をエドガーに渡した。

「これ、行くつもりですか」

手紙を読み終わったエドガーは静かにそう聞いた。

「いや、まぁ、考え中。今の俺が行っても迷惑になるだろうし。だけど上層部は許さないだろうな」

軍の上層部は、俺を目の敵にしている節がある。
嫌われるようなことをした覚えも、むしろ上層部に覚えられるようなことをした覚えすらもなかったのに軍学校でのいざこざの犯人を突き止めもせず、俺をエンバルトリアに送ったことも、今思えば変だと思った。

俺の言葉を聞き、しばらく考え込んでいたエドガーは静かに口を開いた。

「ここに……隊長としてあなたが行かなければならないのなら、俺が行きます」

「……は?」

「今は、あなたは万全の状態ではありません。俺が行ってまいります」

俺は理解ができなかった。
エドガーは何を考えているのか、全くと言って良いほど分からなかった。
俺の代わりに最前戦?

「こんなところに行けば死ぬかもしればいんだぞ」
「あなたが死ぬよりはその方が良いと思います」
「なに……?」

エドガーの言葉をだんだんと脳が理解して胸がドキリと跳ねた。
だがすぐに思い直す。信じてはダメだ。
これもエドガーの作戦かもしれない。
だって、これじゃまるで、自分の命よりも俺が大事だと言っているみたいだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われものと爽やか君

黒猫鈴
BL
みんなに好かれた転校生をいじめたら、自分が嫌われていた。 よくある王道学園の親衛隊長のお話です。 別サイトから移動してきてます。

【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった

ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。 生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。 本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。 だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか… どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。 大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

婚約者をひいひい言わせたくてアダルトショップに行ったら大変なことになった

紫鶴
BL
小さい頃からの婚約者がいる。 カッコいいお兄ちゃんで名前は理人さん。僕はりぃ兄さまって呼んでる。 そのりぃ兄さまは優しくて僕にはもったいない位できた人。 だから少しでもりぃ兄さまを喜ばせてあげたくて特訓をしようと思う!! ーーーーー 現代が舞台です。 男性妊娠できる世界。 主人公ふわふわ天然お馬鹿です。 4話で終わります。既に予約投稿済みです。 頭空っぽにしてみてください。

愛しいアルファが擬態をやめたら。

フジミサヤ
BL
「樹を傷物にしたの俺だし。責任とらせて」 「その言い方ヤメロ」  黒川樹の幼馴染みである九條蓮は、『運命の番』に憧れるハイスペック完璧人間のアルファである。蓮の元恋人が原因の事故で、樹は蓮に項を噛まれてしまう。樹は「番になっていないので責任をとる必要はない」と告げるが蓮は納得しない。しかし、樹は蓮に伝えていない秘密を抱えていた。 ◇同級生の幼馴染みがお互いの本性曝すまでの話です。小学生→中学生→高校生→大学生までサクサク進みます。ハッピーエンド。 ◇オメガバースの設定を一応借りてますが、あまりそれっぽい描写はありません。ムーンライトノベルズにも投稿しています。

好きか?嫌いか?

秋元智也
BL
ある日、女子に振られてやけくそになって自分の運命の相手を 怪しげな老婆に占ってもらう。 そこで身近にいると宣言されて、虹色の玉を渡された。 眺めていると、後ろからぶつけられ慌てて掴むつもりが飲み込んでしまう。 翌朝、目覚めると触れた人の心の声が聞こえるようになっていた! クラスでいつもつっかかってくる奴の声を悪戯するつもりで聞いてみると なんと…!! そして、運命の人とは…!?

処理中です...