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23 屋敷
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ルノーと共に俺の新居となる屋敷へと向かうことになった。
車椅子を使わず、ゆっくりと歩くことができるようになった俺の歩調に、ルノーは自然と合わせて歩いてくる。
賑やかな街を通る間も周りへの警戒を怠らずに歩くので、俺は姫か何かにでもなった気分だった。
この街は俺がずっと生活してきた街だから庭みたいなもので、与えられた屋敷の位置も聞けば行ったことのないような道でも迷うことなく向かうことができる。
ルノーを見ると出店などの食べ物を興味深そうに見ていた。
街自体に慣れていない様子に見えるルノーはもしかしたら貴族の出なのかもしれない。
もしそうだとしても、エンバルトリアへの部隊に参加していた者たちは、訳ありのことが多いので気軽には尋ねられなかった。
出店の中で、一際いい匂いを漂わせているシュパンタの店に近寄るとルノーもちゃんと後から付いて来た。
「2つお願い」
「あいよっ……熱いから気をつけろよ! 毎度ありっ」
店主のおじさんからシュパンタを2つ受け取り小銭を渡すと、店主のおじさんはニコニコと見送ってくれた。
シュパンタとは、庶民の間では人気の食べ物で、もちもちしたパンの間に野菜やほぐした肉などがたくさん入っている。
おじさんから受け取ったうちの1つをルノーに渡すとルノーは、自分のものを買ったとは思っていなかったようで、驚きつつも受け取った。
ルノーはシュパンタを見つめて、意を決したようにマスクを外し、1口食べた。
「うまい……です」
「そうか、俺もこれ好きなんだ」
パクパクと食べ続けるルノーから慌てて視線を外して前を見る。
やっぱりどういう原理か分からないが、ルノーがエドガーに見える病気は続いているようだ。
俺は心を落ち着かせるように、シュパンタの入った紙の包みを開けて一口かじった。
もちもちとした食感と、中のほぐし肉がホロホロと崩れる食感と、野菜のシャキシャキが絶妙に合わさってやっぱり好きだ。
屋敷の入り口に着くと、俺はまず建物のデカさにびっくりした。
武功に対する報酬としては妥当なのかはちっとも分からないが、まさか俺にこんな屋敷を渡すなどとは思っていなかったからだ。
もっと、屋敷とは名ばかりのボロくて、まともな人間なら住むのを嫌がるような建物を渡されるものだとばかり思っていた。
屋敷に入ると俺は部屋を見て周り、一番日当たりの良さそうな部屋を使うことにした。
こんな大きな屋敷だと、ルノーの他に人を雇わなければ間に合わない。
だが、足りない部分も特に取り繕う必要もない気がして、雇うことには躊躇した。
今の俺には生きる意味も特にはないし、やりたいこともない。
ある日、唐突に自分の命が終わったとしても特に思い残すこともないから、人を雇うことはしたくなかった。
自分の命に責任も持てないのに、人の仕事や生活までなんてとてもじゃないが手に負えない。
ドカリとソファに座ると、思いの外気持ちよくてうとうとする。
歩けるようになったとはいえ、今日は調子に乗り過ぎた。
「どうぞ、ダージリンです」
目の前に紅茶が差し出され、一口飲むと野営の時を思い出すような味だった。
つまりは美味しくはないが飲むものがそれしかないのだから飲む、というような飲み物だ。
「うまいよ。ありがとう」
別段、旨い茶を飲むことに利点を感じていないので、礼を言うとルノーはソワソワと落ちつかない様子で手もみしていた。けれどそれがただ落ち着かないではないと俺は知っている。
前の世界のエドガーも実はそうだったのだが、嬉しい時などにする癖だった。
ルノーは顔や声だけではなく、そんな癖までもエドガーに似ているらしい。
いや、声や顔は俺がそう見えているだけで実際のルノーは全然違うのかもしれないけど。
「明日は何をなさいますか?」
「特にやりたいこともないんだ。だから、エンバルトリアにいる時みたいな感じで十分だ」
食事と清拭(体を拭くこと)以外では、たまに散歩で日光を浴びるくらいの生活で十分だ。
何だか隠居老人のような生活になってしまうが、体が回復すればまた前戦に戻ればいい。
そうすれば余計なことを考えずに居られるから。
そして、あわよくば早めにあの世に行って、俺の愛するエドガー隊長と少しでいいから話したいんだ。
だが、次の日朝起きると、寝ぼけ眼で抵抗も出来ない間にルノーに裸にされ、頭も体も丸洗いされ、暖かい湯船に浸からされた。
無理やり入れられたとはいえ、久々に頭も体もすっきりして気持ちが良く、さらに暖かいお湯で包まれて夢見心地だった。
車椅子を使わず、ゆっくりと歩くことができるようになった俺の歩調に、ルノーは自然と合わせて歩いてくる。
賑やかな街を通る間も周りへの警戒を怠らずに歩くので、俺は姫か何かにでもなった気分だった。
この街は俺がずっと生活してきた街だから庭みたいなもので、与えられた屋敷の位置も聞けば行ったことのないような道でも迷うことなく向かうことができる。
ルノーを見ると出店などの食べ物を興味深そうに見ていた。
街自体に慣れていない様子に見えるルノーはもしかしたら貴族の出なのかもしれない。
もしそうだとしても、エンバルトリアへの部隊に参加していた者たちは、訳ありのことが多いので気軽には尋ねられなかった。
出店の中で、一際いい匂いを漂わせているシュパンタの店に近寄るとルノーもちゃんと後から付いて来た。
「2つお願い」
「あいよっ……熱いから気をつけろよ! 毎度ありっ」
店主のおじさんからシュパンタを2つ受け取り小銭を渡すと、店主のおじさんはニコニコと見送ってくれた。
シュパンタとは、庶民の間では人気の食べ物で、もちもちしたパンの間に野菜やほぐした肉などがたくさん入っている。
おじさんから受け取ったうちの1つをルノーに渡すとルノーは、自分のものを買ったとは思っていなかったようで、驚きつつも受け取った。
ルノーはシュパンタを見つめて、意を決したようにマスクを外し、1口食べた。
「うまい……です」
「そうか、俺もこれ好きなんだ」
パクパクと食べ続けるルノーから慌てて視線を外して前を見る。
やっぱりどういう原理か分からないが、ルノーがエドガーに見える病気は続いているようだ。
俺は心を落ち着かせるように、シュパンタの入った紙の包みを開けて一口かじった。
もちもちとした食感と、中のほぐし肉がホロホロと崩れる食感と、野菜のシャキシャキが絶妙に合わさってやっぱり好きだ。
屋敷の入り口に着くと、俺はまず建物のデカさにびっくりした。
武功に対する報酬としては妥当なのかはちっとも分からないが、まさか俺にこんな屋敷を渡すなどとは思っていなかったからだ。
もっと、屋敷とは名ばかりのボロくて、まともな人間なら住むのを嫌がるような建物を渡されるものだとばかり思っていた。
屋敷に入ると俺は部屋を見て周り、一番日当たりの良さそうな部屋を使うことにした。
こんな大きな屋敷だと、ルノーの他に人を雇わなければ間に合わない。
だが、足りない部分も特に取り繕う必要もない気がして、雇うことには躊躇した。
今の俺には生きる意味も特にはないし、やりたいこともない。
ある日、唐突に自分の命が終わったとしても特に思い残すこともないから、人を雇うことはしたくなかった。
自分の命に責任も持てないのに、人の仕事や生活までなんてとてもじゃないが手に負えない。
ドカリとソファに座ると、思いの外気持ちよくてうとうとする。
歩けるようになったとはいえ、今日は調子に乗り過ぎた。
「どうぞ、ダージリンです」
目の前に紅茶が差し出され、一口飲むと野営の時を思い出すような味だった。
つまりは美味しくはないが飲むものがそれしかないのだから飲む、というような飲み物だ。
「うまいよ。ありがとう」
別段、旨い茶を飲むことに利点を感じていないので、礼を言うとルノーはソワソワと落ちつかない様子で手もみしていた。けれどそれがただ落ち着かないではないと俺は知っている。
前の世界のエドガーも実はそうだったのだが、嬉しい時などにする癖だった。
ルノーは顔や声だけではなく、そんな癖までもエドガーに似ているらしい。
いや、声や顔は俺がそう見えているだけで実際のルノーは全然違うのかもしれないけど。
「明日は何をなさいますか?」
「特にやりたいこともないんだ。だから、エンバルトリアにいる時みたいな感じで十分だ」
食事と清拭(体を拭くこと)以外では、たまに散歩で日光を浴びるくらいの生活で十分だ。
何だか隠居老人のような生活になってしまうが、体が回復すればまた前戦に戻ればいい。
そうすれば余計なことを考えずに居られるから。
そして、あわよくば早めにあの世に行って、俺の愛するエドガー隊長と少しでいいから話したいんだ。
だが、次の日朝起きると、寝ぼけ眼で抵抗も出来ない間にルノーに裸にされ、頭も体も丸洗いされ、暖かい湯船に浸からされた。
無理やり入れられたとはいえ、久々に頭も体もすっきりして気持ちが良く、さらに暖かいお湯で包まれて夢見心地だった。
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