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17-2 エドガー

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ジルが沙汰を待つ間、謹慎することになって3日目。
突然ニコルが俺の部屋に来て料理を始めた。

その横顔は恋人の部屋に来て料理をするような浮かれた顔ではなく、どことなく寂しそうだった。
何があったのかと聞いた方がいいのかと考えながら、ただぼんやりとニコルを眺めた。

左手首にはいまだに青い痣が手の形にくっきりと残っていた。

そこでふと疑問に思った。

「なぁ、お前の手のそれ」
「なんですか?」

ニコルは料理途中の手を離して俺に体を向けた。

「本当にジルがやったのか?」
「……教官だって見てたでしょう? 突然掴まれて痛かったし、怖かった」

そう言ったニコルの顔は本当に悲しそうなのだが、やはり疑問は拭えない。

「その手の形の跡は、あの時ニコルと向かい合っていたジルがつけたにしては向きがおかしくないか?」
「えっ?」
「その手の跡だと、後ろから掴まれたように見える」

そう言った途端、ニコルはびくりと体を振るわしてそのあとプルプルと震えだした。

「もしかして、僕のこと疑ってるんですか? 僕がジルを陥れたって」
「そんなことは……」
「嘘だ! 教官は疑ってるんだ! 大事な大事なジルを僕が傷つけたんじゃないかって!」
「お前、何言ってるんだ。そんなまるで俺がジルのことを好きみたいに」
「好きなんでしょう。もう……分かってるんです。結局、どんなに頑張ったってあなたの心にはいつもジルがいるんだ。いつだって他人が入る隙もないくらい想い合ってるんだ……だから、出会う前にどうにかしてやろうと思ってたのに! なんで恨んでたはずの相手を好きになったりするの!? なんでいつもいつも僕じゃダメなの!?」

半狂乱に泣き叫ぶニコルの言動は支離滅裂で、要領を得ない。

「本当に何を言ってるんだ。とりあえず落ち着け……。ジルと俺は何もないだろう? そんな時間がないのはお前だって分かっているはずだ」

ニコルの肩に手を置いてそう言うとニコルは目を吊り上げ叫んだ。

「へぇ。じゃあ僕に好きって言ってください。愛してるって!」

ニコルの願いに応えるのは簡単なはずだった。
ただニコルに好きと言えばいい。愛してると伝えればいい。

それなのに、ジルの悲しそうな顔が頭にちらついて離れない。
俺に「好きです」と伝えてきたあの笑顔が忘れられない。

口籠った俺に、ニコルは乾いた笑い声を発した。

「僕のこと、愛してくれなくてもいい……言葉も……くれなくていい。だから1ヶ月だけ付き合ってください。教官は僕と付き合うって言ったんですから」
「……分かった」

ジルの沙汰はどうなったのか、通達はなかった。
ただ、訓練校へは来なくなり1日、1日が過ぎていった。
ジルの沙汰がどうなったのか、調べても誰も何も知らない。
軍の上層部からも軍事機密だからと答えてはもらえず、ジルを見なくなってから2週間を過ぎた頃から言い知れぬ不安が襲うようになった。


このまま一生会えないのかもしれない。

だけど、どこで何をしているのか、知りたい。

もう、こんな男のことは忘れてしまったかもしれないが、次に会える機会があったなら、今までのことを謝りたい。

謝ってそれから。

だが、そんな風に先のことを考えることが出来るだけでも、幸せだったのだと俺は身をもって知ることになった。

その日、エンバルトリア部隊長含め1000名あまりの兵の訃報が号外で発表された。
1000名の部下をみすみす死なせたとして、部隊長は街で批判の的になっている。
そのエンバルトリア部隊長の名前がジルだった。

受け入れきれない現実に足元が崩れ落ちるような感覚だった。

俺は、何の準備もせず、身一つで走りだした。
向かうのはエンバルトリアだ。

「行っても無駄だよ」

後ろから声がかかりもどかしく思いながらも振り返るとニコルが立っていた。

「悪い。あの約束はもう終わりだ。俺は今からエンバルトリアへ向かう」
「もう死んでるのに何で行く必要があるの?」
「自分の目で見ないと納得できないんだよ!!」

叫ぶとニコルはわずかに驚いた顔をした。

「ジルは、あなたの事なんか好きじゃない。ジルはあなたを通して別の人を見ていたにすぎない」

ニコルはボソリと呟いた。
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