パラレルワールドの世界で俺はあなたに嫌われている

いちみやりょう

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9 黒髪の男

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「待てっ」

俺の声が聞こえてるのか聞こえてないのか、黒髪の男は歩いて離れていく。
あいつさえ捕まえれば、俺の疑いは晴れる。
そうしたら、きっと隊長だって俺のことを好きになってくれるはずだ。

相手は歩いているので俺は簡単に追いつくことができた。

「おいっ」

声をかけ左手を掴むとそいつは振り向きざま俺にドスッと体をぶつけてきた。

「っ、何を……」

腹に痛みと違和感が走って見下ろすと、ナイフが刺さった俺の腹から血が吹き出している。
男の左手を掴んでいた手は痛みで緩み簡単に振り払われた。
顔を確認する隙もなく男は走りだし、結局捕まえることもできずに、小さくなっていく黒髪の背中を見るしかなかった。
腹の痛みに耐えながら隊長のいる場所まで戻ると、隊長は眉間にシワを寄せていた。

「エドガー教官……? 何かあったんですか」
「お前こそ何かあったのか。ただの小便にしてはかなり時間がかかったようだが」
「あ……実は、黒髪の男を見つけて。逃げられてしまったんですが」
「嘘をつくな」
「え?」


低く怒りがこもった声に俺は立ち尽くすしかなかった。

「先ほどお前の向かった方とは逆の道から、負傷した訓練兵と教官の2人が来た。その2人が黒髪の男に襲われたと言っているんだ」
「そんな……。だったら黒髪の男が俺の他に2人もいるってことですか」
「そんな訳ないよな。現に今まで俺は妹を殺した犯人を探し続けてきた。黒髪赤目で見つかったのはお前だけ。黒髪だけが一致するものも数人しかいない」
「や、やっぱり俺を疑っているんですか」
「今の状況で他にどう説明するんだ」
「黒髪なんて、何かかぶったら簡単に作れるでしょう」
「なぜ黒髪にする必要がある。カツラをかぶって髪色で特定を防ぎたいなら、それこそ多勢いる茶髪にすればいい」
「そんなの俺には理由はわかりませんが、俺に恨みを持った人がやってるのかも」
「お前が俺の前から消えている間に、2人の人物が黒髪の男を目撃した。訓練兵を襲っていたのはお前だとしたほうが辻褄があう」
「そんな……。俺は、教官が好きなんですよ。それなのにわざわざ嫌われるかもしれないようなことする訳ない」
「好き、ね。お前何が目的でそんなことを言ってくる」
「目的? 俺はただ本当にエドガー教官のことが好きなだけです」
「もういい。お前は邪魔だ。ゴール地点で待機しておけ」
「なっ。いやです! 俺も捜索を続けます! 黒髪の男の顔を見たやつがいるかもしれない! 俺は俺への疑いを晴らしたいんです!」
「黒髪の男の顔を見た可能性のある訓練兵を殺しておきたいのか? 妹のように」
「そんなっ」

こんな……エドガー隊長は俺にこんなことを言ったりしない。
この人は、俺の知ってるエドガー隊長とは違うんだ。
同じようで、違うんだ。

それなのに、隊長と同じ顔で、隊長と同じ声で、隊長と同じ優しさを見せたりするから。
俺を疑っているくせに優しくしたりするから、こんなにも胸を締め付けられるんだ。

「教官、俺、捜索は続けます。一緒に連れて行って監視したほうがいいんじゃないですか。俺が他の訓練兵を襲わないように」

隊長は冷たい目で俺を見た。

「……そうだな。そこまで言うなら俺が監視してやる。顔を見た訓練兵が殺されないようにな」

とりあえず俺は近くの木にくくりつけたロープで両手を縛られた。
3メートルほどの移動はできるが逃げることはできない。

「俺も用を足してくるからここで待っていろ」

そう言いつけられなくても俺は逃げたりなんかしないのに。
教官が見えない範囲に移動したのを見届けて焚き火の中にナイフを入れた。

「っぐぁ」

十分に熱したナイフを腹の傷口に押し付けるとジューっと音と煙を発しながら傷口が塞がった。

しばらくして教官が戻ってきて焚き火の火を消し、捜索を再開した。
見つかっていないのはあと20人ほど。
その中に、黒髪の男の顔を見た訓練兵がいるといいと願いながら必死に探した。
崖を登り、川をさらい、最後の1人も生きた状態で発見することができた。

訓練兵212名 全員生存。

だけど、その中の1人も黒髪の男の顔を見たものはいなかった。
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