上 下
58 / 65
28章:2度目のプロポーズ

28-2

しおりを挟む

「行こうか」

 食事を終えて、静かに修が告げる。
 私の胸は大きくどきりと跳ねた。

 指を絡められて手を繋がれ、胸がドッドッドッと鳴り響く。
 そのまま手を引いて、エレベータに乗せられた。

 私は修をずっと見ていて、修はそんな私に気づいて、私を見て目を細めて微笑む。そんな修を見て、また胸が高鳴った。

(どうしよう、今日一日だけでまたどんどん好きになってる……)
 

 今思い出したけど、レストランは都内屈指のホテルの中にあった。

 ってことは、このまま……。
 今日、私は……。

 そう思うと、やけに緊張し始めて、泣きそうになる。

(こんな状態で、最後まで、なんてできるのだろうか……?)

 すでに心臓がもちそうにないのは確かだ。
 エレベータが止まる音がして、私はその音にぎゅっと目を瞑る。気付いたら泣いていた。

(やっぱり、緊張しすぎて今日は無理だ!)

「あの……あのね! 修、私……今日……」
「帰ろう」
「……え?」

 そう言われて、拍子抜けする。
 見てみると、エレベータはホテルの1階についていた。

 帰るって……家に帰るってこと、だよね?
 家でするってこと……?

(ま、まさか、なにかに呆れられた⁉)

 緊張しすぎて泣いたから?
 それとも握られた手に尋常じゃないくらい汗をかいていたからだろうか。


 車にのりこみ、車は確かに家までの道を通っていた。
 私は助手席で下を向いて自分の手を握る。

(これからのことがわからない……)


「着いたぞ」

 修が言って、私は顔を上げた。

「え……? ここ……」

 そこにはすごく見覚えがあった。
 今の私の家……にほど近い、マンション。

「修の住んでたマンション……?」

 それは5年前まで修が住んでいたマンションだった。
 そして私も2週間だけ一緒に住んでたところ。

 修は私の顔を見てうなずくと、当たり前みたいに車を駐車場に止めて、私を助手席から降ろすと、私の手を握ったままマンション内に入っていった。


「ここ」

 エレベータに乗せられ、連れられた先で修が言う。
 見上げると部屋番号も……以前と同じ部屋の前。

 私はあれから、このマンションに近づくことはなかった。
 忘れたかったから、余計に……。

(どうしてこんなところに私を連れてきたの?)

 私が修を見上げると、修は目を細めて、ドアを開け、私を中に引き入れた。
 
 室内まで、5年前のまま。家具やキッチン周りのものまで、そのまま……。

「ど、どういうこと……?」

 私がつぶやくと、修は目を細めて私を見つめる。

「あれからそのままずっとここを置いてもらってたんだ。5年間、管理会社に管理はしてもらってて」

 ここは5年間、今もずっとこのままだった。
 電気や水道まで……普通に通っている。

ーーーちょっと待てよ? ってことは、

「ちょ、ちょっと待って……そもそも住む場所がないから、私のところに転がり込んできたんじゃなかったの⁉」

 私は叫ぶ。

 そうだ。最初に彼は言ったはずだ。
 『まだマンションが決まらないから決まるまでの一か月住む』と。

 私が怒りに震えていると、修はふっと笑って口を開く。

「そんなことあるわけないだろ。くるみは相変わらず騙されやすすぎ」

「何考えてんだぁああああああああ!」

 最初から、住む家はあったのに私のところに転がり込んできたってことですよね⁉

 しかも私の部屋の何倍も広いこのマンションがあって……! 私の狭いアパートなんかに……!

(意味が、意味が分からない……!)


 私が混乱しているというのに、修はテーブルの上においてあったファイルを手に取ると、中身を私に見せた。
 それは、脅し道具でもあった『婚姻届』。

「くるみ、これ探してただろ。ここにずっと置いてた」
「さがしても見つからないはずだ!」
「そうだな」

 修は楽しそうに笑う。

(一体何なのよ!)


 修は私を見て目を細めた。

「緊張は、少しは解けた?」
「緊張どころの騒ぎじゃないからね!」

(たしかに今、驚きすぎて緊張はしてないけど!)

「くるみの記憶、きちんと塗り替えたかったから」

 修ははっきりとそう言うと、ひょいと私を抱き上げる。
 暴れるより先、修が歩き出した。

 向かった先は、修の、あのときの寝室だった。
 あの時と全く違うのは、ベッドに優しく丁寧に置かれて、見上げた先にあったのが、修が優しく微笑んだ顔だったということ。

 そんな修の顔を見ると、私の胸は驚くほど大きな音を立てて鳴り出す。

「修……?」
「言ったよな。プロポーズ受けたら抱くって。もちろん覚えてたよな?」

 念を押すようにそう問われて、私の心臓はさらに音を立てて鳴りだした。

「くるみ、答えて」

 低い口調でそう問われれば、勝手に首が縦に動いた。

「……う、うん」

 色々混乱したままの私に、修は優しく口づける。
 そうされると、急に緊張が解けた気がした。

「今回はきちんと見ていろ。くるみがされること全部、見て、感じて、鮮明に焼き付けろ」

 修のギラギラした男の目に、その低い声に……身体が熱を持った気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

冷たい外科医の心を溶かしたのは

みずほ
恋愛
冷たい外科医と天然万年脳内お花畑ちゃんの、年齢差ラブコメです。 《あらすじ》 都心の二次救急病院で外科医師として働く永崎彰人。夜間当直中、急アルとして診た患者が突然自分の妹だと名乗り、まさかの波乱しかない同居生活がスタート。悠々自適な30代独身ライフに割り込んできた、自称妹に振り回される日々。 アホ女相手に恋愛なんて絶対したくない冷たい外科医vsネジが2、3本吹っ飛んだ自己肯定感の塊、タフなポジティブガール。 ラブよりもコメディ寄りかもしれません。ずっとドタバタしてます。 元々ベリカに掲載していました。 昔書いた作品でツッコミどころ満載のお話ですが、サクッと読めるので何かの片手間にお読み頂ければ幸いです。

兄貴がイケメンすぎる件

みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。 しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。 しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。 「僕と付き合って!」 そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。 「俺とアイツ、どっちが好きなの?」 兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。 それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。 世奈が恋人として選ぶのは……どっち?

My Doctor

west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生 病気系ですので、苦手な方は引き返してください。 初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです! 主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな) 妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ) 医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)

白衣の下 先生無茶振りはやめて‼️

アーキテクト
恋愛
弟の主治医と女子大生の恋模様

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...