24 / 65
13章:女子会
13-2
しおりを挟む―――私は割とお酒に強い。
少なくとも……芦屋先生や鈴鹿先生よりは。
芦屋先生は、2杯目に入ったところで、すぐに、顔がふにゃりと緩んだ。
鈴鹿先生も3杯目の終わりごろから少し様子がおかしい。
二人とも、お酒は好きだけど弱いらしい。
そんな芦屋先生は、私を見て微笑む。
「私も、くるみちゃん、って呼んでいいわよね?」
「も、もちろん」
「え、私のお気に入りなのに……」
なぜか鈴鹿先生がそう言う。
「独り占めなんて絶対に許しません。かわいいものはみんなのものです」
「猪沢くんには聞かせられないわねぇ。男女関係なく睨まれるわよ?」
鈴鹿先生が言ったとき、芦屋先生の顔が怒ったようにゆがむ。
「くるみちゃん、結婚するんだって? 相手の猪沢先生って、須藤先生の同期なんだよね」
「そ、そうみたいですね。っていうか、私、結婚を決めたわけじゃないんですけど」
芦屋先生の言葉を反芻して、私は首をひねる。
相手までよく知ってるな……。
っていうか、なんで理学部の先生までこの話知ってるの! なんで!
一体どこまでこのふざけた結婚話が伝わってるのか怖くなった。
「結婚のこと、くるみちゃん迷ってるのよね? どうして?」
鈴鹿先生は私をまっすぐ見て聞く。
私もなんだかんだ酔っているのか、口は勝手に動いた。
「昔からずっと私の方が修のことが好きで。多分、鈴鹿先生がおっしゃったように今も私は結局好きで。でも修は違って……自分の言うこと聞く女の子なら誰でもいいって思ってるんだと思います。そういう違いを知って傷つくのが、もう嫌なんです」
私が吐き出したと同時、鈴鹿先生も芦屋先生も首を捻った。
「そうかしら? むしろ猪沢先生の方がベタ惚れというか……」
「私もそう思います。ベタ惚れで腹黒くて粘着質で……須藤先生とどっちがタチが悪いかって感じ」
二人は修の本質をよくわかってないからだ。
須藤先生のことはよくわからないけど、修は私のこと……。
そう思って泣きそうになった時、なぜか鈴鹿先生が芦屋先生を指差し、
「たぶん、この子、今日泣くわよ」
と、苦笑ながら言う。
その言葉に、また首をひねった瞬間、
「本当に! もう! 最近ずっと会ってないのよぅ!」
と芦屋先生が叫んで確かにわんわん泣きだした。
「か、彼氏ですか?」
「まさか。須藤先生の奥さん。芦屋のお気に入りなのよ」
「その奥さまも大学の関係者なんですか?」
「あ、知らないんだっけ。須藤先生のとこのボスって鳥羽教授でしょ。そこの娘さんよ。トバ研で事務してたの。それこそ非正規の事務だったし、子ども産んで辞めたんだけどね」
「へぇ……」
「『いつでも戻れるから休職にしたら』って言ったのに、あのゲスドウ、なんて言ったと思います? 『また次も、その次もすぐにできるだろうし、退職一択で』ですよ! 独り占めする気なんですよ! なんてうらやましい!」
「っていうか、芦屋先生どういう立ち位置なんですか……」
「かわいい子なら囲いたくなるのよ、この子は」
鳥羽教授の娘さんである須藤先生の奥様は、芦屋先生にも、そして、あの須藤先生にもすごく愛されているのだろう。
そういう女性ならきっとしっかりしていて、大学教員のこともよくわかってて、忙しい旦那様もしっかりと支えられるんだろうな……。
そんなことを思うと、勝手に落ち込んだ。
私は修を支えられる度量はきっと持ってない。仕事を選べば、きっと家庭のことなんてこなせない。
ってそもそも、結婚するっていうのも修が勝手に言ってて、私は結婚する気もないんだけど……。そして私はそれを本気にする気力もなかった。
私がぼんやりしていると、いつの間にか芦屋先生が隣にいて、私の方を向くと、頬をするりと撫でる。
「くるみちゃん、お肌すべすべねぇ。何歳だっけ」
「に、25です」
顔を近づけてきた芦屋先生からいい香りがする。
芦屋先生が美人過ぎて、こんなに近くで頬を撫でられると、なんだかドキドキしてきた。顔が熱いな、と思ったら、さらに撫でられた。
「お酒では赤くならないのにこんなことで赤くなるんだ」
芦屋先生は嬉しそうに目の前で微笑む。「ほんと、どうしてタチの悪いねちっこい男って、こういう嗅覚だけは優れてるんだろうね? 嫌になるわ」
そう芦屋先生がつぶやいた時、またインターホンが鳴った。
時間はもう11時過ぎ。こんな時間にだれだろう?
鈴鹿先生が出てくれると、それからすぐにリビングに修が入ってきた。
私はそのときそのまま芦屋先生にくっつかれていて、その状態で修を見て目を丸くする。
「修!」
「……ちっ」
修が舌打ちしたように思って、私は思わず修を見上げる。
(あなた今までそんなことしたことなかったですよね⁉ なんか怒ってる⁉)
「迎えに来た」
そう言って、芦屋先生を私からベリリと剥がして、私の腕を掴む。
やっぱり怒ってそうな修の雰囲気を感じて、私は口を噤んだ。
鈴鹿先生が微笑みながら、
「泊っていけばいいって言ってたのよ?」
「それはまた俺のいる時でお願いします」
修は笑顔で返して、そのまま私を連れて鈴鹿家を出た。
それから家の前につけていたタクシーに押し込まれるようにして乗せられる。
文句を言おうとしたら、修がそのまま私の横にぴたりとくっついて座った。
「しゅ、修? な、なんか怒ってる……?」
「まさか」
そう言った修の笑顔を見て、やっぱり何か怒ってる! と私はやけに震えた。
ーーーその頃。
残された二人の教員が
「あれのどこがくるみちゃんのこと好きじゃないって? 分かりやすすぎるんだけど。芦屋もいい加減にしないと目で撃ち殺されるわよ」
「あーあ、せっかく楽しいとこだったのに。ああいうタイミング悪いとこまでほんと似てて嫌になる」
と口々に呟いていたことも知る由もなかった。
11
お気に入りに追加
208
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
冷たい外科医の心を溶かしたのは
みずほ
恋愛
冷たい外科医と天然万年脳内お花畑ちゃんの、年齢差ラブコメです。
《あらすじ》
都心の二次救急病院で外科医師として働く永崎彰人。夜間当直中、急アルとして診た患者が突然自分の妹だと名乗り、まさかの波乱しかない同居生活がスタート。悠々自適な30代独身ライフに割り込んできた、自称妹に振り回される日々。
アホ女相手に恋愛なんて絶対したくない冷たい外科医vsネジが2、3本吹っ飛んだ自己肯定感の塊、タフなポジティブガール。
ラブよりもコメディ寄りかもしれません。ずっとドタバタしてます。
元々ベリカに掲載していました。
昔書いた作品でツッコミどころ満載のお話ですが、サクッと読めるので何かの片手間にお読み頂ければ幸いです。
兄貴がイケメンすぎる件
みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。
しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。
しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。
「僕と付き合って!」
そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。
「俺とアイツ、どっちが好きなの?」
兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。
それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。
世奈が恋人として選ぶのは……どっち?
My Doctor
west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生
病気系ですので、苦手な方は引き返してください。
初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです!
主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな)
妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ)
医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる