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11章:5年前③

11-1

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―――5年前のその日、
 私は病院と医学部の敷地内をうろうろしていた。

(確か、修がいるはずの病棟はこっちで、医学部は南棟のほうで……)

 地図を見ながら、病院の外科と研究棟の場所を確認する。
 それらを結ぶ道も修は通りそうだ。

 私は手にもつ保冷バッグを見る。
 それからもう一度あたりを見渡した。

 理学部のあるキャンパスとこっちのキャンパスでは随分雰囲気が違う。

 それは大学病院という特殊な施設があり、そこには学生や教員だけでなく、患者さんや病院スタッフも勤務しているし、救急の救急車もやってきているからだろう。
 ピリリとした緊張感があるように感じた。

 気を付けて、多くの人が行き来するのをじっと見つめる。

 何分そうしていたのかわからないけど、ふと病院の方から歩いてくる男女の医者らしいグループが目に入る。
 私はその中の一人が修だと分かって嬉しくなって走り寄った。

「修! 会えてよかった!」

 私がニコニコして言うと、修は少し戸惑った様子で口を開く。

「勝手に来ちゃだめだろ。それに会えなかったらどうする気だ」
「でも会えた」

 にこっと笑うと、修は困ったような顔をする。

(あれ? 本当に困った顔してる……?)


 一瞬胸がどきりとしたけど、私は手にもっていた保冷バッグを押し付けた。

「修、今日そのまま泊りだって言ってたでしょ? 放っておくとちゃんと食べないし。これ、お弁当作ったんだ。ご飯はちゃんと食べて」
「ありがと」

 修がそれを受け取ると同時くらいに、修と一緒にいた男女のうちの、修の隣にいた背の高い茶髪の男性が「猪沢、もしかして彼女?」とからかうように言う。

「バカ、幼馴染だよ」

 修はきっぱりとそう答えた。

 その言葉に、周りにいた女性たちがほっとしたような息を吐く。
 私は、修のその言葉に胸がズキリと痛んだ。

(『彼女』って言ってくれないんだ)

 それは予想以上に私にとってショックなことだったようで、それからも胸をズキズキ痛め続けた。

 しかし、修の隣の男性は、
「そうなの? きみ、大学生だよね。うちの医学部?」
と私の顔を覗き込む。

「……あ、いえ、私は理学部で……」
「そうなの? 理学部にこんな子いるんだ」

 そう言って顔をじっと見られる。「本当に彼女じゃないの?」

―――本当は彼女です。

 そう答えようとしたところで、

「彼女じゃない」

 また修がきっぱり突き放すように答えた。

 私は思わず修を見あげる。
 すると修の隣の男性は、息を吐き、少し笑ってから口を開いた。

「ま、猪沢の場合、ここでもボストンでもモテるだろうし、女なんて選び放題だもんな」
「バカ言ってるなよ」

 そう言って修は私に向き直ると、少し怖い顔で、「もう帰れ」と言い放った。

 その言葉に女性たちが、こちらを見て気の毒そうに鼻で笑う。

「あ、う、うん……」

 私はその日、ぼんやり歩いて帰って、
 どうやって家まで帰ったのか覚えてなかった。
 私は帰ってからずっと修が『彼女じゃない』って言ったことを反芻していた。
 それに、あの修といた女性たち……。大人っぽくて綺麗な女性たちだった。

 そんな女性たちが、明らかに私が修の彼女じゃないって聞いてほっとしてた。

 あれってどう見ても、彼女たちは、修のこと好きなんだよね。
 で、今日は夜勤で……あの人たちと修はずっと一緒なんだよね……。

―――私よりはるか長い時間……。夜の間ずっと……。

 そう思うとなんだか落ち着かなくなって全然眠れなかった。
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