上 下
54 / 57
番外編:子どもができても先輩の愛はいろいろと重すぎる

19-1

しおりを挟む

―――あの朝のことはよく覚えている。

 前日から続いた陣痛にもう何度も意識を失いそうになって、痛すぎて何度も悪態をつく私の手を、健人さんは離れずにずっと強く握ってくれてた。

 やっと次の日の朝に生まれてたその子の顔を見たら、健人さんは私より泣いて、かわいい、ありがとう、お疲れ様、愛してる、って何度も言って私と赤ちゃんを抱きしめたのだった。

 私は知らなかったのだけど、一樹さんも、両家の父親も廊下に勢ぞろいしていたようで、廊下は秘書やら私のSPやらも含め、なんだか物々しい雰囲気だったと助産師さんは笑って教えてくれて、私はちょっと恥ずかしい思いをした。
 ただ、それから少しして私が落ち着き新生児室まで行ったとき、男性陣が全員目を真っ赤にして、新生児室で眠るあかりを嬉しそうな顔をしながら見つめていた姿を見て、私の恥ずかしかった思いは帳消しにすることにした。


 名づけには悩んでいたのだけど……結局生まれてきた子どもの顔を見たら、健人さんが『あかり』にしよう、と言って、私もぴったりだなぁって思って頷いた。
 この子には、明るくて、周りを照らすような子になってほしい……そう思った。

 そんな希望が込められている名前の通り、あかりは明るく元気に育っていると思う。もうすぐ3歳。親の欲目もあるだろうけど、あかりは本当に明るい子だ。


―――ただ、一つ問題があるとすれば、あかりはこの『特殊な環境』が『普通』だって思っていることだろう……。


「みゆ、おはよう」

 目を開けると、目の前に先輩……じゃなかった、健人さんの顔があった。
 結婚して何年たっても、なぜか朝から超絶甘い顔で私の顔を見ているのは変わらない。

 そのまま、唇が重なって、当たり前に朝のキスをされた。

「ちょ、もうやめてくださいって!」
「なんで」
「あかりが起きます」

 私の心配事は、隣の子ども用のベッドで寝ているあかりだ。
 親として、そう何度もキスシーンを見せるわけにはいかない……そう思ったのに。

「あかりならもう起きてるけど?」
 そう言われて、あかりの方をみると、あかりは嬉しそうにこちらを見つめていた。

(ま、また見られた……!)

「またママにキスしてるー!」
「うん。みゆのこと、大好きだからね。だからキスするの」
「だから、もうやめてくださいって!」

 教育上どうなのだろう。
 舌を入れてこないだけマシだろうが、子どもの前でこんなことされれば、どう対応していいのかわからない。

 そんな私を尻目に、健人さんもあかりも、当たり前のようにそれを日常としているのだ。

「あかりのことは?」
「あかりももちろん大好きだよ」

 そう言って、健人さんは、あかりの額に口づけた。あかりは、額を触って、ふふ、と笑う。
 ちょっと嫉妬しちゃうほど、この二人は仲がいい。それは健人さんが惜しみない愛情をあかりに注いでいるからだろうけど。


 その時、思い出したように、健人さんが言った。

「今日、あかり、一樹のとこ行くんでしょ?」
「うん! 一樹が早く来いってうるさいから行ってあげるの」

 あかりの言葉は早かった。もうすぐ3歳の今ではもうすっかり大人顔負けの言葉を話す。
 さらに一樹さんのことは何度言っても呼び捨てにしている。それを一樹さん本人も喜んでいるからなかなか直らない。


「あかりは一樹のこと好きだね?」
「うん! あかり、将来、一樹と結婚するんだぁ」

 純粋でかわいいあかりの言葉に思わず笑う。きっと一樹さん、これ聞いたらまたメロメロになるだろうなぁ、と思っていると、隣で健人さんは眉を寄せた。
 そして幾分か低い声で、

「……でもあかり? 法律的に『直系血族又は三親等内の傍系血族』は結婚できないんだよ」
と言う。

「なにそれ」
「子どもの無邪気な思いを全部潰さないでくださいよ!」
「ごめん、ちょっと嫉妬しちゃった。普通、こういうときパパと結婚する、じゃない? ねぇ、どう思う?」
「ちょっとの嫉妬じゃないですよね」

 私が思わず言うと、健人さんは冗談だよ、と苦笑した。さっきは本気の目、してたけどね。


 するとあかりは続ける。

「じゃ、タイチくんにする!」
「誰?」
「保育園の友だちです」
「ねぇ、そろそろSP増やしたほうが良くない?」
「絶対にダメ!」

 私は叫んで続けた。「ただでさえも、色々大変なんだから! もう増やすのはやめて!」


 あれから私のSPはそのまま3名、あかりが保育園に通いだしてからはあかりにも3名のSPがついている。
 SPがついているまま保育園生活なんて送れるのかと思ったけど、健人さんと一樹さんが園に直接交渉したらしく、なにを言ったのか保育園側も快諾して、あかりはSPつきで(平和な?)保育園生活を送っている。

「何言ってるの。みゆやあかりに何かあったら、俺は相手に何するかわかんないって言ったでしょ」
 こういうときの健人さんの目はマジだ。
「怖いって!」
 私は叫ぶ。

 これから先、どうなっていくんだろう。

 出産前は、子どもと私で、重すぎる愛情が分散されて多少はマシになるかと思っていたけど、なぜだか愛情は倍増した。それがどんな計算式なのか不思議である。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

身近にいた最愛に気づくまで

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:25,334pt お気に入り:1,169

クーパー伯爵夫人の離縁

恋愛 / 完結 24h.ポイント:48,729pt お気に入り:4,460

今更何の御用でしょうか?私を捨てたのは貴方ですよ?[完]

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:88

未熟な欠片たち

BL / 連載中 24h.ポイント:441pt お気に入り:18

【※R-18】イケメンとエッチなことしたいだけ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:220pt お気に入り:256

転生チートで夢生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:198pt お気に入り:4,875

処理中です...