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最終章:やっぱり先輩の愛はいろいろと重すぎる

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 あれから思い出したくもないような5日間を過ごして、次の休みにはもともと予定されていたかのように親同士の顔合わせも済んだ。

 私の父と先輩のお父さんはなぜか顔見知りのように仲が良くて、非常に不思議だったけど、二人ともこの結婚を喜んでくれてほっとした。

 職場にもドキドキして結婚の報告をしたのだけど、『いつ結婚するのかなと思ってた』とさらりと部長に言われ、さらには、他の女子社員からも当たり前のように祝福されて唖然とした。

 私は『バレたらどうしよう』だとか色々考えて動けなかったのに、結局蓋を開けてみれば、周りは全員、私が思っているよりずいぶん大人で、私だけが成長してなかったんだなぁとそんなことを思った。


 そして新居は先輩の家。でも実家も改装して、いつでも帰りやすいようにしよう、と先輩が言ってくれて、セキュリティの強化された改装が実家に施された。
 さすがにお金がもったいないんじゃない、と言ったら、そのために大きな案件取ったから、と言われて、あとでこっそり新田先生に聞いたところ、今まで忙しくて断っていた大手通信会社の法律顧問を受けたらしい。契約金は驚くような金額だった。

 私は今までてっきり先輩は実家のお金を使って色々としていると思っていたのに、その全部が自分で稼いだものだったらしい。私はその事実に耳を疑った。
 そしてさらに、『あの人何億つまれようとも受けなかったのに、みゆさんのためとなれば軽く受けるんですよね。ホントあの人の愛って狂気ですよねぇ~』と新田先生はいとも当たり前のように言ったのだ。

(改めて私、とんでもない人と結婚したんじゃない……?)



―――そしてあれから数か月。


 玄関チャイムが鳴って、我が家にやってきたのは、副社長、こと、一樹さんだ。
 最近出張さえなければ、休みの日はよくうちに顔を出してくれる。


「飛行機が遅れて、遅くなっちゃった。これ、お土産」
 一樹さんは、そう言ってテーブルの上に重そうなお土産の箱をおいてくれる。

「ありがとうございます。今回どこ行ってたんですっけ?」
「モンゴル」
「……モンゴル」

 なんだか嫌な予感がする。そう思いながら、その箱に手をかけた。
 開けてみると、50cmくらいの金ぴかの熊の像(多分純金だ)が入っていたのだ。

「って、これなんですか!」
「現地で熊の足がお守りになるって聞いたから。とりあえず一番効果ありそうな金の熊を買ってみた」
「金の熊って! この兄弟のプレゼントセンスどうなってんの……⁉」

 ニコニコする一樹さんに断るわけにもいかず、ありがとうございます、と小さく告げて、その熊を触ってみる。
 モンゴルからはるばるいらっしゃい、お疲れさまです、と心の中で熊に話しかけた。もちろん熊からの返事はない。心なしかこんな異郷の地に連れられてきて、熊は不機嫌にも見えなくなかった。


 先輩は私に麦茶と、一樹さんにコーヒーを出すと、
「それより、みゆがいつまでも仕事辞めないんだけどさ」
と愚痴るように一樹さんに言った。

 それに私はむっとすると、
「仕事は辞めないって言ってますよね。せっかく仕事覚えて来たし、みんないい人だし」
と返す。


「ほら、またこれ。一樹からもなんとか言ってやってよ」
「あはは。かわいい義妹のお願い事はききたいから辞めさせられないよねぇ。それに社内で会えるのは嬉しいし」


 そう。一樹さんは完全に私の味方だ。
 あれだけかわいい弟、と評されていた先輩だが、軍配は私に上がったのだ。


「最近俺よりみゆの方が優位じゃない。気持ちはわかるけど」
「かわいいよねぇ、妹って」

 そう言って目を細める一樹さんの顔は、先輩にちょっと似ている。
 一樹さんの目は、完全にかわいい妹を見る目、そのものだ。

「二人の子どもも今から楽しみすぎてならないよ」

 そう言って私のお腹を見た。


―――そう、あの婚姻届けを提出してからのあの5日間。


 あのサバイバルな5日間の中で、私は妊娠したのだ。

 妊娠の知らせを聞いたとき、先輩は喜びすぎて1週間ほど様子が変だった。(普段もまぁ、変なのだが本当にあの時は変だった。)
 一樹さんも、先輩のお父さんも、うちの父も大喜びで、私はそんなみんなの様子を見て、お腹の子がここまでみんなに祝福されてこの世に生まれてこられるなら幸せだなぁって思っていた。


「俺とみゆの子どもだからかわいいに決まってる」
先輩はきっぱりと言い切る。

「父さんもすっごい楽しみにしてるよね。あれは、じじバカになるね」
「あんな人だと思わなかったよ」

 先輩はつぶやくように言う。先輩と先輩のお父さんは、仲が悪かった、と聞いていた。
 でも、私が妊娠して、それからできるだけ先輩と一緒にお父さんと会うようになって、徐々に二人は打ち解けるようになってきたのだ。

「みゆちゃんのおかげだよね。二人が打ち解けてよかった」

 一樹さんは微笑んで言う。私は、私はなにもしてないですけど……、とつぶやいた。

 結局、先輩とお父さんは、話す機会が少なかったことですれ違っていたのだろうと思う。
 人はお互いに会って話さないと誤解がそのまま大きくなってすれ違っていくことは、私と先輩との経験からもなんとなくわかってたから。



「そういえば性別分かったんでしょ? どっちだった?」
 一樹さんが言う。

「女の子です」
「それはかわいいだろうね」
 一樹さんは目を細める。すると先輩も、

「絶対かわいいだろうな。……でも心配だ」
とつぶやいた。「変な男に目をつけられたりしないか心配」

「それを先輩が言います?」

 私は思わず眉を寄せた。


「俺がみゆのこと好きすぎて変なのは自覚してる」
「それを堂々と言わないでください!」
「みゆだけだって心配なのに、子どもも心配。やっぱりもっとSP増やさないといけないかなぁ」

 私はそれを聞いて思わず泣きそうになる。
 あの事件の解決後、やっとSPの人数を減らしてもらえたのだけど、3人はなぜかそのまま残り、今も外出するときはずっと3人のSPが近くにいる。おかげで近所の住人にまで、『皇族が近くに住んでいるっぽい』とまことしやかに囁かれているのだ。

 先輩に文句を言ったら、『もしみゆに何かあったら、俺、その相手を絶対どうにかしちゃうよ。それでもいいの?』と強い言葉で押し切られ、そのまま保留になっている次第だ。


「これ以上いらない! SP3人はそのままいるんだし!」
「でも心配だから、もうすこし人数いるよね?」
「絶対いらない!」


「だめ」
 そう言って先輩は当たり前のように私を抱きしめる。「俺はね、みゆのことが大事なの。みゆのお父さんからも大事な大事な娘を託されてるの」


「とりあえず、先輩が一番危ないのは間違いないです!」

 私が言った言葉は聞こえないふりをされた。

(その耳、都合の悪い言葉は聞こえない構造なの⁉)



 そんな私たちを見て、一樹さんが楽しそうに笑う。

「相変わらず仲良しだよね」

(そういえば一樹さんがいた!)

 そう思ってやけに恥ずかしくなった。


「……そ、そうですかね?」

 仲いいとは言っても、さっき大事なことは聞こえないフリされましたけど……。
 眉を寄せる私を、先輩はもう一度ぎゅう、と抱きしめなおすと、

「仲いいの、あたりまえでしょ。俺はみゆにしか反応しないし、みゆしか愛せないんだから」

と私の髪に当たり前のようにキスを落としながら言う。


(お願いだから、恥ずかしげもなく、そんなことを人前で言って、そんなことしないでくれーーーーーー!)


 私が泣きそうな顔になると、一樹さんも、先輩も、楽しそうに笑った。

―――なんなんだこのいじめっ子兄弟……!

 しかしそんな二人にも慣れつつある自分が恐ろしい……。やっぱり人は慣れる生き物らしい。

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