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13章:不安と喧嘩と仲直り
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しおりを挟む「みゆ、何言ってんの? ……どうして?」
先輩の声が低くなる。
「子どものこと、副社長からも聞きました」
「一樹から『も』って?」
「……」
「まさか社長?」
私は息をのむ。すると先輩は私の頬を撫でる。
「驚かせてごめん。騙してたつもりはなかった。けど一緒でしょ。結婚したら子どもだって考えるわけだし。もちろんできない可能性だって考えてるけど、俺はみゆとしかそういう気も起きないし、子どもも他の女性となんて作る気もない」
とはっきりと言う。
(先輩はもうそんな風に自分だけ決めちゃって……迷いもない)
私は先輩を睨んで言う。
「でも、子どもありきで結婚するのは違うんじゃないかなって思うんです」
「俺は欲しいよ。みゆと俺の子ども」
「それは後継ぎのためですか? お兄さんのためですか?」
「そんなわけないでしょ」
先輩はまっすぐに私を見た。
「純粋にみゆと一緒にいたい。みゆが好きだし、愛してる。みゆと自分の愛し合った証だってほしい。それで、みゆと俺の子どもを望むのがそんなにおかしい?」
それは……と言葉に詰まって、それから何とか言葉を紡いだ。
「でも、未来が決められてるなんておかしいですよ。普通は結婚する前から子どもの話なんてしないし! 私、突然社長に呼び出されて、怖かった。しかも子どもの話までされて! こんなの普通じゃないでしょ!」
言い出したら止まらなかった。
先輩みたいに特別な人たちはみんなちゃんと決めてて、迷いがない。私はいつだって迷ってるし、戸惑ってる。
その差が、不安で、辛くて、怖くて……。
今までのそんな思いが飛び出すように、私の言葉は止まらなかった。
先輩の眉が不機嫌そうに寄る。そのしぐさに胸が不安でどきりと跳ねる。
「みゆは『普通』っていつも言うよね。俺はみゆと普通の夫婦になりたいんじゃないよ」
そんなの初めて言われて、私は驚く。そんなに普通って言ってた?
でも普通の何が悪いの。当たり前に特別な先輩にはわからない。
「私は、普通の夫婦になりたいんです。結婚してゆっくり子どものことも考えて、子どもがもしうまれて大きくなって独立したら、二人で縁側でお茶飲んで世間話して」
って今、私は何言ってるんだろう。もう混乱して訳が分からなくなっていた。
なのに先輩はいつものように、私の話を真剣に聞いてくれる。
「でも、それ本当に普通かな? 縁側でお茶飲みたいならいくらでもつきあうって」
「違います! そういうことじゃない!」
「なにが違うの。俺ってそんなに普通じゃない?」
先輩の声に、『先輩は普通じゃない』って言ってたみたいで、後悔の念が身体を駆け巡る。でも止まらなかった。
「先輩は、高校の時もとびぬけてモテてた」
「みゆだってモテてたよ」
「モテなかったですけど。私は普通にモテてませんでした!」
「俺が潰してたからね」
「なにそれ……」
「知らないのはみゆだけだよ」
意味が分からない、とむっとして返す。
「先輩は足も特別速くて」
「みゆだって速かったでしょ」
「でも先輩は鳳家の次男で」
「みゆだって刑事の娘でしょ」
「刑事はただの公務員ですっ!」
私は怒って返した。
「うそ。みゆのお父さん、連続殺人犯何度も捕まえて、異例の速さで刑事部長になった柊風太だよ」
「なにそれ。お父さんは刑事でも生活安全課のヒラだし!」
「むしろみゆ、そんなことも知らなかったの?」
「先輩、うそばっかり!」
「嘘は何もついてない」
言い返す言葉がなくなって、私は思わず、
「先輩なんて大嫌い! もう別れる……!」
と叫んでいた。
これで、先輩が別れるって言うならそれでいいと思っていた。
さっきから、自分が言ってることも無茶苦茶で支離滅裂だ。
途中から、自分が何を怒っているのかわからなかった。こんな女、先輩だって、嫌に決まってる。
どうせ私はかわいげも決断力もない女だよ……となんだかふてくれされたような感情が頭を回った。
その時、突然身体を抱きすくめられる。それをしたのは、もちろん先輩で……暴れてみても、まったく先輩の腕の力は弱まらなかった。
「そんな勢いでみゆと別れるようなこと、俺がするわけないでしょ」
そして続ける。「みゆが俺のこと嫌っても絶対に別れない」
「な、なにそれ……おかしいですよ。普通じゃない」
私が言うと、先輩は耳元でクスリと笑って、
「うん。俺の愛情の重さは『普通じゃない』よ。もしみゆが俺のことを本当に嫌いになっても、みゆが俺のこと好きになるまで何年かかっても、俺はみゆに俺のことをもう一度好きになってもらうくらいの覚悟はある」
と言う。
先輩はおかしい。こんなこと言う私をまだ好きだなんて……。
先輩はぎゅう、とまた私を抱きしめると、
「さっき不安だった。みゆが俺から離れようとしてるのかな、って思ったら不安で仕方なかった」
そして、髪を優しく触った。「そもそも最初に俺が『結婚したら、』って話しをし出したからだよね。どうしてもみゆとこれからも一緒にいたいから、つい、結婚とかそういう話を出しちゃうのは……無意識なんだ。ごめん」
そんなに素直に謝られると、言葉に詰まる。
さっきのケンカは、私が吹っ掛けたようなものなのに……。
後悔して泣きそうな私に、
「今、俺たち、『普通』にケンカしてたよね」
と先輩は楽しそうに笑って言って、余計に私は泣きそうになった。
肩を持たれ、少し離され、先輩は私の目をまっすぐ見る。
「ごめんね。みゆ、お願い。もう『普通』に仲直りさせて?」
先輩はいつだって優しくて、時々意地悪だ。
(『普通』って言葉、逆手に取らないでよ!)
「うぅううううう!」
「こら、唇噛まない」
「だって」
「うん」
本当は謝るのは私の方なのに……。
「ごめんなさい、酷い事言った」
「……なにが?」
「普通じゃないって……先輩のこと」
ひどい言葉を言っても、先輩相手だからって甘えてたのかもしれない。
後悔する私に、先輩は笑った。
「まぁ、みゆへの愛情の重さは人一倍だし、ちょっとおかしいのは自覚してるよ」
そして続ける。
「でも、これが俺の『普通』なんだ」
「……」
「みゆのこと独占したい、みゆのこと全部愛したい、みゆとずっと一緒にいたい」
先輩はまっすぐ私を見て、目を細める。
「みゆはどう思ってる?」
私は意を決すると、先輩の目を見つめ返した。
「私も先輩といたい」
「うん」
「……それに、普通に仲直りのキスもしたい」
そう言うと、先輩は少し驚いた顔をした後、すごく嬉しそうに笑った。
そしてその日は、抱き合えない代わりに、何度も何度もキスを交わした夜になった。
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