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13章:不安と喧嘩と仲直り
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しおりを挟む土曜の夜、店に着くと、店の評判は聞いていたが、非常に優美な佇まいの料亭で腰が引けた。こんなとこ初めてだ。
ここ、一人いくらくらいするのかな……と思って首をふる。
考えるのやめやめ。これ全部食べてもいいくらい、私、最近先輩のせいで大変なんだから! 副社長じゃなくて先輩に奢らせよう。そう、決意して、私は店に足を踏み入れた。
案内された部屋に行くと、副社長が先に来ていた。先輩はまだのようだ。
副社長は私を見るなり、
「昨日は、ほんとうにごめんね」
とまた頭を下げる。
私は、いえ、と言いながら、つい目線をそらしていた。どうしていいのかわからない。
でも、副社長のことは、ひどいとか、嫌いとか、そう言う風にはまったく思えなかった。
少し二人で雑談していたら、足音が聞こえた。足音だけで先輩だと思ったら、本当に先輩がやってきた。
いつの間に、足音でまで判断できるようになってるんだろう。
そして、久しぶりに本物の先輩の顔を直接見ると、いろいろ思い悩んでいたことが一気に押し流された感覚があった。そして私はふいに泣きそうになって、唇を噛む。
(たった一週間じゃん。一週間会えなかっただけで、なんで泣きそうになってるんだか……。自分で自分が恥ずかしいわ……!)
そんなことを思うと、突然、先輩に抱きしめられる。
「ひゃっ……‼」
(人前(しかもお兄さんの前)ですけどーーーー⁉)
驚いて手を突っぱねると、先輩はそのまま楽しそうに笑って、抱きしめる力を強くした。
先輩の低い笑い声が耳に届いて、恥ずかしいのに、やけに胸がぎゅっとなる。
(先輩のにおいだ……)
そう思ったのが通じているのか、
「みゆのにおい、安心する」
と先輩が耳元で笑った。
その事実がやけに恥ずかしくなって、
「も、もう離してください!」
と叫ぶ。
「ごめん、久しぶりだったから。つい」
先輩が言ってやっと手の力を緩めてくれた。謝る方向が違う、と思うけど本気で怒れない自分がいる。
私は先輩の腕の中から抜け出ると、先輩の方を見た。そのとき、先輩の息が乱れているのに気づいた。
「先輩、もしかして、走ってきたんですか?」
「うん、久しぶりに走った気がする。足、ナマってた」
そう言われてなぜか嬉しく思う。先輩、私に会いたいって思ってくれてたのだろうか。
その嬉しい気持ちを隠すように私は笑い、
「多分、今なら私が勝てますね」
「うーん、それは確かに」
先輩も笑って当たり前みたいに私の髪を撫でた。私は先輩のその笑顔を思わず見つめていた。これまでいろいろとあったせいか、先輩の顔を見て、なんだかすごくほっとしていたのだ。
(私、先輩のいない間、色々あったのは先輩のせいだって、先輩に対して怒っていたはずなんだけどな……)
顔を見てすぐにそれが流されるなんて、不思議だ。これも先輩が彼氏だからだろうか。
そんなことを思っていると、
「ほんと二人、仲いいよね」
と副社長がクスクスと笑う。
(忘れてた! 副社長がいた!)
恥ずかしさのあまり下を向いて手を横に振る。
「そんなことないです! お二人こそ仲いいじゃないですか!」
「まぁ、確かに」
副社長は簡単に認めた。それに先輩がちょっと困ったように笑って、一瞬で場が和んだような気がした。
それから、三人で食事をして、私が好きそうなものがあれば副社長は『これも食べなよ』とくれたりした。副社長は、やっぱりお兄さんなんだなぁ、と考える。私は一人っ子だし、兄という存在がいるのがうらやましくはある。
そうか、先輩と結婚したら、副社長が兄になるのか。
それは嬉しい。食べ物で懐柔されている気がしないでもないけど……。
そんなことを考えていると、
「一樹は昔からなんでも譲る癖があったよな」
と先輩が言う。
「まぁ、僕は特別欲しいものってないからね」
その時、思ったことは、副社長はやっぱりいいお兄さんで、いい人だってこと。
そしてそんな風に言う副社長のことを、先輩がちょっと寂しそうに見てるってことだ。
(きっと先輩は、副社長のためにも、早く結婚して子どもが欲しいって思ってるんだろうな……)
そんな先輩の気持ちに気づいて、それがやけに自分の胸を締め付けた。
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