羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい

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6章:突然訪れた夜

6-2

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 指定された店は、会社近くの人気イタリアンだった。
 今日の今日で抑えられるのは、さすがと言うべきか。

 テーブル席には、私と宮坂さん、羽柴先輩と新田先生が4人で座っていた。

「乾杯!」

 みんなのグラスが合わさる。
とにかく今日は黙って飲む作戦で行こう。そう決めた私は最初からぐいっとシャンパンを煽った。

「新田先生って、羽柴先生の後輩なんですね」
と宮坂さんが言う。

 新田先生のこと、もういろいろ知っているようだ。さすがだ。この人についていこう、とほろ酔いの頭で考える。

「ほんとよくできる後輩だからね、頑張って引っ張ったんだ」
「こちらの方こそ、一緒に仕事したかったのでやった! って感じです」
 羽柴先輩、続いて新田先生も言う。

 先輩と新田先生、なんだか微笑ましい。信頼し合ってるのが見てるだけでわかる。
 宮坂さんもそんな二人を見て楽しそうに笑った。



 仕事の話をして、そのあと、雑談して、お酒も進んできたとき、

「新田先生、彼女はいるんですか?」
と宮坂さんがズバリと聞いた。
 お、と思って私はお酒を飲みながらちらりと二人の方を見る。


「羽柴法律事務所に来る前彼女と別れたんですよね。それからずっといません。欲しいんですけどね、彼女」
「へぇ……」

 宮坂さんの頬がほんのり紅色に染まる。私は年上なのにとてもかわいいと思ってしまった。
 いつも美人だけど、こういう顔、するんだ。女の子らしくて素直で、まっすぐで、自分にないものを持っている宮坂さんにあこがれてしまう。


 そんなことを考えていると、新田先生は、

「……タイプは、宮坂さんみたいなきれいで仕事できて、でもかわいい人かな。でもそう言う人はたいていもう彼氏がいるんですよね」

 きっぱりと新田先生は言う。その目は嘘をついているようでもなかった。
 アイドルのようなかわいい顔してるのに、恋愛では肉食系だな……そんなことを思っていると、隣で宮坂さんが真っ赤になっている。

「からかわないでください」
「実は一目ぼれしたんです」
「え? え……?」
「もし彼氏がいないなら……候補にしてくれませんか。いや、彼氏がいても候補にしてもらえると嬉しいです」

 私は二人から目が離せなくなった。
 真っ赤になって戸惑う宮坂さんを見て、なぜか私の方が緊張してごくりと唾を飲み込む。

(どうなる……どうなるんだ! これから!)



 すると羽柴先輩が私の肩を叩いて、

「俺、何か注文してくる。柊さん? 一緒に行こう?」
と誘ってくれた。

 えー、まだ見たかったのに……。これ、野次馬根性ってやつかな?
 でもなんだか恋愛映画を見ているようで、とても素敵なのだ。


 とはいえ、きっと、宮坂さんも後輩に見られていては落ち着かないだろうと、私も諦めて席を立つ。
そしてカウンターに座りお酒を頼むと、羽柴先輩が隣に座って二人で乾杯して飲んだ。

私は飲みながらも、宮坂さんと新田先生に目線を向ける。声までは聞こえないが雰囲気はかなりいい。


「気になる……! いい空気出てるけど何話しているんだろう」
「さっき会ったとき新田が一目ぼれだって言って、今日急にセッティングしたわけ。ごめんね、なんか付き合あわせちゃって」
「いえ! そうなんですね! ほんとよかったです!」

 私は出されたお酒に口をつける。
 なんかすごくいい気分。だって宮坂さんのかわいい一面も知れて嬉しい。



 そんな私を見て先輩はまた少しして口を開く。

「それに今日は、実はもう一つ目的があったんだけど」
「はい?」
「宮坂さんに話したいんだ。俺たちのこと」

 私は突然の申し出に、ふぁっ⁉ と、変な声が出た。
 なに⁉ 何を話すつもりなの⁉

「高校の先輩後輩だってこと」
「そ……それは……」

 それだけなら、いいか。
 いや、それだけでもどこから綻びが発生するかわからない。少し怖い。

「味方を作っておくほうがいいんだよ、いざと言うとき」
「どういう意味ですか」

「任せてくれないかな。悪いようにはしないから」

 先輩は言う。私は息を飲んで、頷いた。
 自分のこと好きだって分かってる人が、酷い事言うはずない。そんな予感もしたのだ。



 席に戻った先輩は、
「あのね、宮坂さん。折り入ってお願いがあるんだけど」
と宮坂さんに言う。私も静かに席に着いた。

「……はい」
「僕と柊みゆさんはね、実は高校からの知り合いなんだ。陸上部の先輩後輩で」
「え……」

 驚いた顔で宮坂さんは私を見る。私は小さく頷いた。

「あ、誤解しないで。俺が『今は言わないほうがいい』って口止めしてたんだ。一応業務で関わるわけだし、変に誤解されてもって思ってたんだけど……」

先輩は続ける。「でも俺がね、みゆのこと好きだから」


「「えぇ⁉」」
 私と宮坂さんの声が被る。

 宮坂さんは戸惑いながら、
「まさか、つ、付き合って……!」
「い、いや! 付き合ってません!」
 私は手を横に振った。


(ちょっと待って、いきなり何言ったーーーー⁉)




 私が慌てているというのに、先輩は飄々とした様子で、
「みゆは、どうしても会社での立場がやっぱり気になるみたいでさ、告白してもOKもらえないの。彼女は昔から周りの目ばかり気にしているからね」

 私はギロリと先輩を睨んだ。先輩は私の方を見ずに続ける。「でも、いざとなれば宮坂さんがいるから安心だと思ってるんだ。だからこそ、今日は知っていてほしいと思って話したんだよ」


 宮坂さんと私は唖然だ。ちらりと新田先生の方を見ると、新田先生は嬉しそうに笑っている。そして、次の瞬間、羽柴先輩は立ち上がると、まっすぐに宮坂さんに頭を下げた。


「これからも、みゆのこと、よろしくお願いします。大事な後輩で、俺のずっと好きな人なんだ」


 その真剣な声に、場の空気が変わった。私も宮坂さんも思わず言葉に詰まる。
 そんな空気を壊すように、新田先生は明るく、

「宮坂さん、僕からもお願い。所長、ほんと、女気全くなかったからみんな心配してたんです。それがずっと好きな人がいて、その人は周りばかり気にして全くうまくいかないようだって知ったら、なんだか応援したくなって」


 宮坂さんは少し悩んで口を開く。

「公表は?」
「そもそも付き合ってないですけど」

 私が突っ込んでもそれは聞こえないように、羽柴先輩は言った。

「今はまだ公表しない。でも、信頼できる一部の人間だけには知っていてほしいんだ」
「隠しておくのは難しいと思いますよ」
「うん、今だけね。それに、付き合いだしたら折を見て全体に報告するつもりだよ、結婚もしたいし」


(ちょ、待て。待ってくれ!)

 話がどんどん進む。誰か止めてくれ!
 なのに宮坂さんは全く止めてもくれず、少し悩むと、

「そうならそうと早く言ってよ!」
と私の肩を叩いた。

「……え」
「私がきゃーきゃー言ってたから言いにくかった?」
「い、いえ……そういうわけでは」
「まぁ、どっちかって言うと、羽柴先生はアイドルみたいなものだしね」
「え?」
「テレビの中の人ってこと。恋愛したい、とか、愛し合いたい、とかじゃないわよ?」

 突然そんなことを言われて、私は戸惑う。
 そして宮坂さんは羽柴先輩の方をまっすぐ見ると、

「いろいろと含めて、任せてください」

 そう言って笑った。その笑顔がとてもきれいだと思ったけど……。
 私はこの突然の状況と内容に、完全に頭が混乱していた。


 解散のあと、宮坂さんは新田先生に送ってもらうことになった。新田先生のほほえみに宮坂さんの身を案じたけど、宮坂さんも新田先生の顔を見て微笑み合っていた。大人だ……。

 私はというと、先輩と話したいのもあって、酔い覚ましもかねて、先輩と二人で街を歩いていた。

 そして人通りが少なくなったところで足を止めると、
「あんなの聞いてませんでしたよ」
と言う。

「うん、言ってなかったからね」
 先輩は意地悪に続ける。「でも、言ってたら賛成した?」

「それは……」

 たぶん賛成はしなかっただろう。

「信頼できる人間は増やしておいた方がいい。みゆが信頼しないから相手も信頼しない。ね?」

 私が眉を寄せると、先輩は苦笑する。

「これまで一緒に仕事してきたからわかるよ。宮坂さんは聡明だから、変な判断はしないよ」
「……信頼してるんですね」
「うん」

 そうはっきり言った先輩の顔を私は見つめていた。

 先輩は、こういうところが昔からすごいと思う。いつも彼の周りは先輩のことを好きな人であふれてた。今なら、みんなのその気持ちわかる気がする。



 次の週になり、少し緊張していたのだけど、宮坂さんは周りに言いふらすこともなかった。
 時々あまりに行きすぎそうなファンがいれば、たしなめてくれるようにもなっていた。


 仕事でも宮坂さんに助けてもらって、プライベートでもいろんな人に助けてもらって……私は自分のことが自分で情けなくなってきていた。

 なんてダメな人間なんだろう。それを宮坂さんに言うと、

「人に頼るのが下手なのよね、柊さんは」
と笑われた。「そろそろ素直にならないと、羽柴先生、誰かに取られても知らないから。あんな風に、付き合ってもくれない女のことで真摯に頭下げる男なんて、ファンタジーの世界か羽柴先生くらいよ!」

 宮坂さんは真剣に言う。私は唇を噛み締めた。
 私だってちょっとずつ分かってきている。

 でも、長く拗れた感情が、私を素直にさせてはくれない。
 素直になるって、どうしたらいいんだろう。

 私は、こんなところまで、いつまでも子どもだ。
 こんな私の本音を知って、羽柴先輩が呆れてしまったらどうしよう。

 そんなことを考えると泣きそうになる。
 するとそんな私を見て、宮坂さんは私の肩を叩いた。

「肌を合わせればわかることもあるわよ」
 宮坂さんは笑った。

「は、肌って……!」

 なんかヤラシイ! ヤラシイです! 宮坂さん!


 でも、今週、宮坂さんの雰囲気ががらりと変わって、さらに女性らしく、柔らかくなっていることに私は気づいていた。

「あ、あの、宮坂さんと新田先生って……」
「付き合ってるし、もうしたわよ。もちろん」

 そう言って笑った。

(お、大人だ……)

「そう言うことしたら……何か変わりますか」
「うん。当たり前でしょ。そんな待ったばかりかけて、いいことあるの? 感情がうまく表現できないならなおさら、言わなくても伝わる方法選ぶけどな」

 宮坂さんはそう言うと、その場を後にした。

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