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5章:その手のぬくもり

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 私が選んでいたのは、法廷コメディ。今話題なのだ。
 決して先輩を意識したわけではない。


 見終わった後、外に出ると、外はもう暗くなっていた。スマホをつけると、父から、『少し遅くなりそうだから、羽柴先生によろしく』とメールが入っている。

(何をよろしくするんだ、なにを!)

 そんなことを思っていると、
「面白かったね。コメディなのに法廷のシーンもなかなか迫力あった」
と、先輩が隣で笑う。
 そういえば先輩は裁判には慣れているだろうと、
「ああいった事、実際にあるんですか?」
と聞いてみた。

「あんな風になることはまずないけど、でも、心情としてはきっとそうなんだろうなぁって思ったよ」

 先輩は何かを思い出したように微笑む。その顔は、俳優が演じていたものより、何倍も弁護士に見えた。

「先輩って……やっぱり弁護士だったんですね」
「今までなんだと思ってたの?」
「うーん……なんでしょう」
「はは。そこで悩むんだ」

先輩は楽しそうに笑う。「ついでにさ、行きたいところがあるんだけどちょっとだけいい?」

 私は私で父に頼まれて、わざわざ来てくれている先輩に対して、ちょっとした後ろ暗さもありそれに頷いた。


 先輩が連れて行ってくれたのは、先輩の法律事務所の入っているビルの屋上。
 そこには花々が埋められ、イルミネーションとまでは行かないが、その花を大事に慈しむように、かわいい電気がいくつも点いていた。

「わぁ! かわいい!」
「ここ、みゆにも見せたかったんだ。うちのビルのオーナーが女性で、センス良くてね。ギラギラしたものじゃなくて、ほっとする空間を作りたいってコンセプトみたい」
「ほんとステキ!」

 私がその花を見て微笑むと、先輩はくすっと笑って、私の右手をすっと手に取ってそのまま手をつなぐ。
 私は慌てて先輩を見上げた。

「せ、先輩……?」
「ごめん。笑ってるみゆが、かわいすぎて」
「なっ……!」

(かわいいとか平然と言わないで!)

 絶対今、顔が赤い。あたりが暗くて良かった……。

 そんなことを考えて押し黙ると、先輩は話し出した。

「この前はごめんね。突然あんなこと言われても困ったよね」

『あんなこと』とは、私にしか反応しないってことだろう。
「……いえ」
 私は思わずつぶやく。だって、どう返事していいのか、今でも全く分からないのだ。


「でもね、俺がみゆと結婚したいって言ったのは、身体が反応するからっていう理由だけじゃないからね」

 先輩がそう言い、驚いて先輩を見上げると、先輩はこちらをじっと見つめていた。


「俺はみゆとしか、愛し合いたいと思わないんだよ」

 その言葉に、私は息が止まる。「だから、身体まで素直にそう反応してるだけなんだと思うんだ……。みゆのためなら俺は全部みゆに捧げられる」


 私は先ほどの父の言葉を思い出していた。
 父も、ママとしか愛し合いたいって思わない、って言ってた。私はそんな父と母に憧れた。

 この先輩の変な愛情は、
 私の憧れた……父と母のような愛情と同じなの……?



 先輩の手に力が入る。先輩の手は私の手より熱かった。

「みゆ。このまま、手、握っててもいい?」
「……」

 そんなの、答えられるはずない。私だって、答えが分からないんだから……。
 そんな風に思っていると、

「答えないと、このまま手を離さないよ」
と先輩は言う。

 私は泣きそうになりながらそのまま下を向いた。
 それだけなのに、先輩は嬉しそうに笑うと、

「ありがとう、みゆ」

と、また強く、大事そうに、私の手を握り締めた。


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