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2章:平穏でない日々と告白
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しおりを挟むそれから、とうとう入社の日は来て、私は総務部配属、中でも契約書作成を主な業務とし、その作成には顧問弁護士の確認が必要となる案件が多いチームへの加入となった。
何かおかしな力が働いているとしか思えなかったけど、それは黙っておいた。自意識過剰と言われかねないからだ。とにかくホウオウでも騒がず目立たず、平和に過ごせるように日々模索していた。
羽柴先輩とはメールで法律案件のやり取りだけで、とくに大きな問題もなかった。Ccに部長も、先輩もつけてメールのやりとりをするので、私的な内容は一切入ってこない。これも良かった。羽柴先輩はと言うと、メールの返信速度はまちまちで、忙しいのだろうと予想できた。ただ、いちいちメールが届くたびにドキドキとはした。
朝一で羽柴先輩のことを調べ、ネットにのっている羽柴先輩情報(なぜかテレビのコメンテーターもやっているらしいので調べやすい)をチェックして、今日は大丈夫、今日は来ない、と自分に保険をかけて出社する日々。
また、羽柴先輩の予定は、自分自身でも調べてはいたが、羽柴先輩のファンの女性社員が何人かいて、その人たちがいつも昼休みに話しているのを、こっそり聞き耳を立てることでさらに得やすかった。
そしてそうしていると、もう一つの問題点に気がついた。そのファンの女性社員たちしかり、羽柴先輩には熱烈なファンが多い。学生時代と一緒だということだ。
あの時から先輩にファンは多かった。羽柴先輩に手を出そうものなら、つるし上げの上、市中引き回しの刑にでも遭いそうなくらいに……。
これは絶対に、羽柴先輩と仕事外で話しているところを見られてはいけない。キスシーンなんてもってのほかだ。あの時見つからなくてよかったと心からほっとしていた。
そんなわけで、私はずっと羽柴先輩がいつ会社にやってくるのか毎日びくびくしながら過ごしていたのだ。
なのに毎日あのエレベータに乗っては、あの日のキスのことを思い出す。やけに顔が熱くなって、ドキドキして完全なる不審者状態。それを隠すために、いつもファイルを持ち歩いて顔を隠した。そし2か月がたつ頃、そんな毎日に疲れてきていた。
(なんで私だけこんな目に……!)
まったく平和じゃない、まったく平穏じゃない日々。こんなに誰かの登場に怯えて過ごすのは、逃走犯か私くらいだろう。
私はその日も朝からスマホを見続けていた。最近ずっとそうだ。私が検索しているのは、『羽柴健人』その人だ。
「みゆ~、食事中はスマホ禁止」
父に言われて、私はスマホの画面を閉じる。
いけない、いけない。最近いつも見ているから、この調子で注意されることが増えた。
「あ、うん。ごめん」
「大丈夫なの? トラブルとかある?」
「……いや」
「なんか、いつもものすごい顔でスマホ睨んで検索してるよね。困ったことがあったらパパに言うんだよ。いざとなったら職権乱用してでもみゆのこと守るから……!」
「ありがと。でも遠慮しとく」
ものすごい顔をしていたのは、間違いなく羽柴先輩のせいだ。
「そういえば、ホウオウ本社は警視庁の近くだよ。その割に意外に会わないよね」
「へぇ」
話し半分に聞きながら、私は羽柴先輩の事務所の場所も会社の近くだと言うことを思い出した。その割に会わないでいられている。なんていうか、複雑な気分だ。
ごちそうさま、というと、いつも通りにお弁当を作り、家を出た。
結局二か月、あの日からだと二か月半、羽柴先輩とは顔を合わせていない。まぁ、羽柴先輩もあれだけ忙しければ、ホウオウに顔を出すことも少なそうだ。そう思って、私の心は少し落ち着いてきていた。
それはその矢先のことだった。
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