試情のΩは番えない

metta

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22 徒花に

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 薬の過剰摂取や濫用は、抑制薬に限らず体に良くない。場合によっては死に至る。しかし先日の発情はすんなり治まり、リオルドも順調に回復している。
 なら様子を見て相談すればいいとフィアルカは考えていた。

 しばらくは問題なく過ごしていたが、またひと月も経たないうちに発情が起こり、フィアルカはまた薬を飲んだ。熱自体は薬が効けばすぐに治まったが、胎から何かが喉元までせり上ってくる。
 薬を吐いてしまうのはよくない。慌てて水差しの水でうがいをし、風呂場で吐き出す。そのままずるずると床にしゃがみこんで目を閉じ、押し潰すようにぎゅっぎゅっと手を揉んだ。
 少しづつ和らいだが、これは急に動いてはいけないと、冷たい壁にもたれ、落ち着いたところで立ち上がったが。
 不味い。立った拍子に、胎の奥から吐き気も一緒に立ち上がったような気がした。喉元にせり上がってくる気配を、慌てて飲みくだそうとしたが、間に合わない。喉の奥がぎゅっとしまり、吐き出してしまうと思ったが、黄色い液が少し出たあとは、何も出てこない。治まらない吐き気に合わせてただただ空気と唾を吐く。終わりがよく分からない苦しい嘔吐だった。
 それでも時間が経てば薬で発情を治めた時のように、すっと身体が楽になる。その解放感は排泄や射精の快感にほんの少しだけ似ていた。
 恐らく薬は吐き戻していない。これはさすがに相談しなくてはならないかとフィアルカは口だけをゆすぎ、ぐったりと泥のように眠った。

 次の日、オルニスが来るのは昼からということだった。食事も食べられたし、リオルドの様子も変わりがない。

「大丈夫か」

 体調に問題はなかったので、何事もなかったかのように仕事していたのだが、変な吐き方をしたので喉が少し傷んでいた。それを誤魔化すように小さな咳をしていたのが気になってしまったようだ。

「大丈夫です。昨日、食べ物が少し喉を引っ掻いてしまったみたいで。聞き苦しかったようでしたらすみません」
「フィアルカ」
「……はい」
「先日はああ言ったが、無理をしているのではないか?」
「いえ……」
「我儘を言ってしまったが、お前の負担が増えるのは本意ではない。今からでもオルニスに人手を急ぐように頼むか」
「……いいえ」

 随分と纏う空気が柔らかくなって余裕ができた。感情の豊かさに本来の寛容さが戻ったのだろう。それを見ていると自分がこの青年の目の前にいるのが本当に場違いに感じて、フィアルカは少し俯いてしまう。
 1番大事なのはリオルドの意向だが、できれば他に人を増やしたくないのは本音を言うとフィアルカも同じだ。ここにいられるのも恐らくあと少し。そうでなくてもトラヴィスのところにいた時のように、頻繁な発情が原因ともなれば、すぐにでも去らなければならなくなって、突然この生活は終わるかもしれない。しがみついてはいけない思っているものの、しがみつきたくなってしまう。

「フィアルカ」
「は――」

 返事をしようと顔を上げた瞬間、口に何かが入り込んできた。じわっと広がる甘さには覚えがある。蜂蜜飴だ。ころころと口の中で転がせば、喉の痛みとが和らいだ気がした。

「今日はそれを舐めてもう休め」

 そう言われてしまって食い下がることも出来ず、フィアルカは礼をして部屋から出た。外の空気でも吸おうかと中庭に出てみたが、気分は晴れない。庭師はいるが、よく見かけていたあのふてぶてしい猫の姿も見えない。

「そういえば猫、最近見ないですね」
「ああ、お迎えが来たのかもしれんなぁ」
「え……?」
「あまり若くない野良だったし、猫は死ぬのが近づくと姿を消すって言うからなぁ」

 何でもないことのように、庭師が言う。
 悲しい気持ちがない訳ではないが、それよりも、随分と潔がいいと妙に感心してしまった。
 傍にいたい。死にたくもない。弱った姿は見せたくない。そんな思いが喧嘩しているフィアルカとは真逆だ。

 しかし結局フィアルカは、オルニスにもリオルドにも相談できないまま――

 身支度のために鏡を見れば、青白い顔が映っている。
 さすがに倍の薬を頻繁に飲んでいるのがこたえてきたのだろう。元々生白い肌ではあるが、まるで紙のように白い。
 
 服用を重ねるごとに吐き気だけではなく、頭や胎が締め付けられるように痛むようになり、部屋に下がって一度でも座ったり寝転んだりしようものなら、なかなか立ち上がれなくなってしまうほどになっていた。間隔が短くなっていて、明らかに身体を蝕んでいる。
 予後は気にしなくていいと最初に言った気持ちは変わりないが、積極的に死にたい訳ではない。それ以上にここにいることにしがみつきたい自分の浅ましさに呆れてしまうが、フィアルカ自身も何故こんな風になってしまっている理由ははっきり分からない。贖いのため以外にフィアルカが積極的に生きる理由もないからだろうか。

 ふと「行き場がないならこのまま」と、悪い考えが頭を過ぎる。しかしすぐにそれは駄目だと振り払うように首を振った。贖いは済んでいない。それより何よりこれが原因で死んでしまったら、リオルドのこれからに影を落としてしまうかもしれない。
 フィアルカが生きているのは、突き詰めれば自分のためだが、基本的には自分以外の何かや誰かのためだ。それを失くしてしまったら、繋ぎとめるものが何もないということにフィアルカ自身も気づいていない。

「オメガでなくなってしまえばいいのに……」

 自分の気持ちが何も分かっていないが、口にしたらそれが正解のような気がした。オメガの自分は、ひっそり死にたいのかもしれない。それでもオメガでなくなったところで、ここにいられる訳でもなく、ただただ、どん詰まりに咲く徒花になるだけ。青い実にすらなれはしない。

「――っ……」

 視界がぐらぐらと揺れて歪んで、定まらないまま崩れていく。取り巻く空気がまるでうねりを持っているように重い。景色がゆがんで見える。
 今のフィアルカを支えるものは何もなかった。
 
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