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そう。好きにしていいし、選ぶのはリオルドだ。
何となくだが、リオルドの性格上、子だけを作って死んでしまう可能性があるというのも閨事を嫌がる理由のひとつな気がした。
そして手術も治療のためではなく、病気の確認のために身体を切る。それが外れであれば、また原因を探すの一からとなる。門外漢が心配することではないが、リオルドが保つのかということも気になる。
ともあれ手術の条件をリオルド当人が知っているのであれば、フィアルカにできることは信頼できる者になることだと思う。フィアルカに出来ることは、上手く使ってもらえるようにすることと、いざという時には嫌われてでもリオルドのためになることを選び取れることが大事な気がする。
なら、日頃萎縮しすぎてもいけないと、フィアルカは少しづつ意見を言う練習をしようと考えた。
「リオルド様、少し外に出てみませんか?」
「……何故」
「今日は天気もいいですし、今見たら庭に猫がいたんです」
「……いや、私はいい。お前だけで行ってこい」
「……そうですか。ではお言葉に甘えて行ってきます。リオルド様も気が向きましたら、ぜひ」
勇気を出して声を掛けてみたが、駄目だった。内心しょげてしまうが、いきなり上手くはいかないだろうと態度には出さないように笑って頭を下げて退室した。
調理場で肉の切れ端を少しだけ貰って庭に行けば、芝生で転がっていた錆柄の猫は、フィアルカが庭に出ると、逃げてしまう。しかし怖いものではないとは思っているのか、姿を隠すことはせず、記念樹の下で脚を広げて腹を舐め始めた。
「おいでおいで……」
肉の切れ端をもらう際に、「猫を呼ぶなら細かく動かず、座って呼べ、そのうち肉に気づけば勝手に来るから」と助言をもらった。
最初は呼びかけを無視しているような猫だったが、やがて両足をゆっくりのしのし前へ伸ばす。
くあっと大きな欠伸をし「仕方ないな」といった様子でフィアルカの元に来て、肉をもちゃもちゃと食べた。
「かわいい」
「そうか……? お前、目が悪いのでは」
「――!?」
驚いて大きな声を出しそうになったが、猫が逃げてしまうと必死で飲み込んだ。
断ったものの、気が変わったのだろうか。気づけばすぐ後ろにリオルドが立っていた。陽の光が眩しいのか、目を眇めている。
「……リオルド様? いえ、目は普通だと思いますが……」
可愛いというのは猫という生き物の存在が可愛いのであって、決してこの猫の外見が可愛いのではない。どちらかといえばこの猫はふてぶてしい部類だろう。肉がもっと欲しいのか、媚びるように寝転んだのでフィアルカは遠慮なく手を伸ばした。
「……思ったより硬い」
想像したより毛はごわごわしていて、消して触り心地はよくない。怖々腹を撫でれば、背側よりは柔らかいが、若干絡まって毛玉のようになっていた。
「野生の獣とはそんなものだろう。飼われているものとは違う」
「野生の獣……鳥はともかくこの猫は一体どこから来たのでしょう」
「屋根を伝ってきたか、出入りの隙を突いて来たかではないか?」
「見かけによりませんね……リオルド様も撫でますか?」
「いや、いい」
触らせてもらった礼に肉をもう一欠片やれば、隠すつもりなのか、今度は食べずに咥えて猫は去っていった。
「お待たせして申し訳ありません……もしよければ少し一緒に散歩しませんか?」
「ああ」
「……! 手を洗ってまいりますので、あそこに座って少しだけお待ちください」
出てきてくれて嬉しい。しかしあの色の白さから考えて、かつての自分と同じく陽の下には出慣れていない。あまり待たせてはいけないと、フィアルカは手を洗いに走り、丁寧に手首まで洗った後、リオルドの元へ急ぎ戻った。
長椅子でぼんやりと空を見上げるリオルドの表情はいつもより柔らかく、そよ風が撫でるように黒髪を揺らしている。
「お待たせしました……!」
「えらく早いな。そこまで急がなくてもよかったのだが」
「出てきていただけて、とても嬉しかったので」
息を整えながら素直な感想を伝えると、リオルドは口元を抑えてふいと顔を背けてしまう。小さな咳が聴こえるので、咳がフィアルカに掛からないようにしているのだろう。
「……お前はおどおどしている割には存外笑うな」
「笑うときの感情は分かりますし、練習をしたので、できますよ」
相手に不快に思われてはいけないので、「笑顔は自然に浮かべられるようにしろ」と父に言われていた。
「でも、怒ったり泣いたりということは苦手かもしれません。必要がないと言われたので、やったことがない」
しかし、怒ったり泣いたりというのはできない方が都合がよいようだったので、そのままだ。
そう伝えれば、リオルドは顔を思い切り顰める。
「あ……すみません。変なこと言いましたでしょうか……?」
「いや……大丈夫だ。なにかいい場所はあるのか」
「あ、ええとですね」
そうだ、あまり長居はさせてもいけないし、リオルドはあまり体力がない。フィアルカは薔薇園と野花が咲く場所へとリオルドを案内する。
恐らくは変なことを言ってしまったのを流してくれたんだろうな。
リオルドはフィアルカよりも高い身分だろうに、表情も感情も豊かだ。ただ、見ようによっては傲慢とも取れるそれはリオルドにはよく似合っている。
フィアルカの目には、それが陽の光よりもずっと眩しく映っていた。
何となくだが、リオルドの性格上、子だけを作って死んでしまう可能性があるというのも閨事を嫌がる理由のひとつな気がした。
そして手術も治療のためではなく、病気の確認のために身体を切る。それが外れであれば、また原因を探すの一からとなる。門外漢が心配することではないが、リオルドが保つのかということも気になる。
ともあれ手術の条件をリオルド当人が知っているのであれば、フィアルカにできることは信頼できる者になることだと思う。フィアルカに出来ることは、上手く使ってもらえるようにすることと、いざという時には嫌われてでもリオルドのためになることを選び取れることが大事な気がする。
なら、日頃萎縮しすぎてもいけないと、フィアルカは少しづつ意見を言う練習をしようと考えた。
「リオルド様、少し外に出てみませんか?」
「……何故」
「今日は天気もいいですし、今見たら庭に猫がいたんです」
「……いや、私はいい。お前だけで行ってこい」
「……そうですか。ではお言葉に甘えて行ってきます。リオルド様も気が向きましたら、ぜひ」
勇気を出して声を掛けてみたが、駄目だった。内心しょげてしまうが、いきなり上手くはいかないだろうと態度には出さないように笑って頭を下げて退室した。
調理場で肉の切れ端を少しだけ貰って庭に行けば、芝生で転がっていた錆柄の猫は、フィアルカが庭に出ると、逃げてしまう。しかし怖いものではないとは思っているのか、姿を隠すことはせず、記念樹の下で脚を広げて腹を舐め始めた。
「おいでおいで……」
肉の切れ端をもらう際に、「猫を呼ぶなら細かく動かず、座って呼べ、そのうち肉に気づけば勝手に来るから」と助言をもらった。
最初は呼びかけを無視しているような猫だったが、やがて両足をゆっくりのしのし前へ伸ばす。
くあっと大きな欠伸をし「仕方ないな」といった様子でフィアルカの元に来て、肉をもちゃもちゃと食べた。
「かわいい」
「そうか……? お前、目が悪いのでは」
「――!?」
驚いて大きな声を出しそうになったが、猫が逃げてしまうと必死で飲み込んだ。
断ったものの、気が変わったのだろうか。気づけばすぐ後ろにリオルドが立っていた。陽の光が眩しいのか、目を眇めている。
「……リオルド様? いえ、目は普通だと思いますが……」
可愛いというのは猫という生き物の存在が可愛いのであって、決してこの猫の外見が可愛いのではない。どちらかといえばこの猫はふてぶてしい部類だろう。肉がもっと欲しいのか、媚びるように寝転んだのでフィアルカは遠慮なく手を伸ばした。
「……思ったより硬い」
想像したより毛はごわごわしていて、消して触り心地はよくない。怖々腹を撫でれば、背側よりは柔らかいが、若干絡まって毛玉のようになっていた。
「野生の獣とはそんなものだろう。飼われているものとは違う」
「野生の獣……鳥はともかくこの猫は一体どこから来たのでしょう」
「屋根を伝ってきたか、出入りの隙を突いて来たかではないか?」
「見かけによりませんね……リオルド様も撫でますか?」
「いや、いい」
触らせてもらった礼に肉をもう一欠片やれば、隠すつもりなのか、今度は食べずに咥えて猫は去っていった。
「お待たせして申し訳ありません……もしよければ少し一緒に散歩しませんか?」
「ああ」
「……! 手を洗ってまいりますので、あそこに座って少しだけお待ちください」
出てきてくれて嬉しい。しかしあの色の白さから考えて、かつての自分と同じく陽の下には出慣れていない。あまり待たせてはいけないと、フィアルカは手を洗いに走り、丁寧に手首まで洗った後、リオルドの元へ急ぎ戻った。
長椅子でぼんやりと空を見上げるリオルドの表情はいつもより柔らかく、そよ風が撫でるように黒髪を揺らしている。
「お待たせしました……!」
「えらく早いな。そこまで急がなくてもよかったのだが」
「出てきていただけて、とても嬉しかったので」
息を整えながら素直な感想を伝えると、リオルドは口元を抑えてふいと顔を背けてしまう。小さな咳が聴こえるので、咳がフィアルカに掛からないようにしているのだろう。
「……お前はおどおどしている割には存外笑うな」
「笑うときの感情は分かりますし、練習をしたので、できますよ」
相手に不快に思われてはいけないので、「笑顔は自然に浮かべられるようにしろ」と父に言われていた。
「でも、怒ったり泣いたりということは苦手かもしれません。必要がないと言われたので、やったことがない」
しかし、怒ったり泣いたりというのはできない方が都合がよいようだったので、そのままだ。
そう伝えれば、リオルドは顔を思い切り顰める。
「あ……すみません。変なこと言いましたでしょうか……?」
「いや……大丈夫だ。なにかいい場所はあるのか」
「あ、ええとですね」
そうだ、あまり長居はさせてもいけないし、リオルドはあまり体力がない。フィアルカは薔薇園と野花が咲く場所へとリオルドを案内する。
恐らくは変なことを言ってしまったのを流してくれたんだろうな。
リオルドはフィアルカよりも高い身分だろうに、表情も感情も豊かだ。ただ、見ようによっては傲慢とも取れるそれはリオルドにはよく似合っている。
フィアルカの目には、それが陽の光よりもずっと眩しく映っていた。
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