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しおりを挟む「お前の行先が決まった」
「はい。大変お世話になりました」
「処分について何も説明していないのだが」
フィアルカが捕まってしばらく――トラヴィスのところで身につけた日付の感覚をすっかり忘れてしまった頃。
騎士曰く、トラヴィスはフィアルカに詳細を教えず、体質の特異性を利用していたことを認める発言をしたのことだった。それはフィアルカの証言とも矛盾がなく、信ぴょう性はある。
だからといって無罪放免になるわけではない。騙されていたとはいえ、罪は罪。修道院のような場所にやれるわけもなく、元居た家に戻れるわけもなし。フィアルカも戻りたくなどはない。
「私が色々とご迷惑をおかけしたことに、変わりはないので……」
再び頭を下げれば、騎士達は変な顔をしている。
罪を犯したことから始まり、尋問中の発情、処分にも騎士達には随分と頭を悩ませてしまった。
詳細を教えてもらった訳ではないが、発情を防ぐ薬を服用しているアルファでさえ、下手をすれば効果が及ぶフィアルカの発情は、ともすれば戦にも転用できてしまうのではないかと、騎士団長や別の騎士がそんな風なことを言っていた。そんな体質の者を市井に放り出せない。自由にできないということは、何となく理解できた。
ただ、自由にはできないが情状酌量の部分もあって、罪との釣り合いが取れない。
それにしても、家からもとっくに放り出されているフィアルカなど、どうしようと文句を言う者などいないだろうに。意外と言っては失礼だが、案外公平に判断するのだなと、なかば他人事のように思っていた。
「お前には奉公……無償労働をしてもらうとのことだ」
「奉公……それで被害者の方にお金を払うということでしょうか」
「恐らくは」
罪人が行く先なら、厳しい場所や変な相手なのだろうか。
しかしそれで被害者に少しでも償いができるのなら、いくらでも働きたいとフィアルカは思う。それでも自分の体質の心配が勝ってしまう
「しかし、私に務まるのでしょうか」
「まずそこを気にするのか……引き取り手を呼ぶから、しばし待て」
最初に比べて随分と態度が柔らかくなった騎士にそう言われ、フィアルカはいつものように座って待つ。
騎士に連れられやって来た男の飾り気は少ない。一見文官のように見えなくもないが、衣服の質はいい。それより何よりこの人物の雰囲気をフィアルカはよく知っている。恐らくは、貴族の医師だ。
「こちらは医師のオルニス殿だ」
「初めまして」
やはり。医師ということは、フィアルカの体質を調べるだとか、そういったことのためだろうか。医者は優秀なベータが就くことの多い職業だが、その例に漏れずこのオルニスという医師もベータだそうだ。
「はじめまして……」
「貴方には私の診ている患者の世話をしてもらう」
「患者の世話、ですか?」
「伝染る病ではないのだが、秘されているため、本来の身分で置くような身分の使用人を置くことができない。貴方ならば今は身分がないとはいえ、診療所で働いた経験もあり、元は伯爵家出身で血筋的に問題はない。あとは……少々気難しいところもあって」
「なるほど……」
フィアルカに選ぶ権利も拒否する権利もないが、これなら大丈夫そうだ。肉体労働だったら全く役に立てる気がしない。
「では、本当にお世話になりました」
「これから行く先で何かあれば、今度こそ重罰となる。ないとは思うが、変な気は起こすなよ」
「はい」
「……あぁ、まあ、なんだ。体質が変わるか、よい薬ができるか……番を得るか。どれかひとつでも実現するとよいな」
怒ったり呆れたりしていた騎士達だが、そう優しい言葉をかけてくれた。
被害者がいる以上明るい気持ちにはなれないが、自分にできることがあって、少しでも償いになるのなら、どんな事でも身を粉にして働きたいと思う。
フィアルカは再び深く頭を下げて、オルニスとともに馬車に乗り込んだ。
「お世話になりま……「出発する前に」
「はい」
「騎士達に聞かせる訳にはいかなかったので、仕事について追加の説明をします」
「……はい」
「貴方には使用人の仕事のほか、可能であれば、閨事をしてもらいます」
「……え? わ、私は……」
「貴方の体質は当然知っています。むしろその体質が故に、貴方に白羽の矢が立ったのです」
オルニス曰く、フィアルカが相手をするのは病を患っている高位貴族のアルファなのだという。病であるがために、なかなか相手を宛がえず、かといって金で用意した相手も本人が嫌がり、全く手をつけない。
オメガの発情にも煽られることがない。アルファとしての性質がとても強く、威圧も強い。ただでさえ病が理由で手を挙げるオメガがいないのに、手配した者も威圧で何もできないようにしてしまう。
故にフィアルカであればその発情の強さで、発情に持ち込み相手をすることができるのではないかと考えられたのだという。それに加えて一般的な使用人の役割も果たすように、とのことだ。
アルファ性が強すぎて、オメガに惑わされない病のアルファ。確かにオメガ性が強すぎてアルファと番うことができないフィアルカを、というのは理解できるが。
「それは……その方の意思に沿うものなのでしょうか……」
フィアルカの匂いのせいで、望まぬ番となってしまったというようなことがあった以上、本人の意に沿わないことはしたくない。アルファはオメガと違って番だけに縛られないので気にしなくてもよいのかもしれないが、普通の人ならば、罪人を番にしたりするのは嫌なはずだ。
「貴方がするのは閨事だけで、番になってもらってはむしろ困る。何よりこの件についてはより上からの命であるし、駄目元だ。だから成否は気にしなくていいし、貴方に拒否権がある話ではない」
「……はい」
番にならず、単純に閨事だけというのであれば、相手さえよければそういうものなのだろうか。
ただいずれにせよ、拒否権はないというのはその通りである。
拒否する権利など、いつだってフィアルカにはないのだ。
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