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9 故の闇に迷う
しおりを挟む「先生、遅いな……」
トラヴィスは訪問診療を行っているが、必ず行き先と戻りの時間はフィアルカに告げてから出かける。しかしその日は聞いていた時刻に戻ってこず、治療が長引いているのだろうかと思っていたが、夕刻になっても戻ってこない。
いよいよ外が暗くなり、何かあったのだろうかと不安に思い始めた頃、診療所の扉を叩く音がする。急患だろうか。しかしトラヴィス不在時の来訪には応対しないようにと言い含められている。
迷ううちに扉を叩く音はどんどん激しくなっていく。
「いたぞ!」
そのうちに扉が壊され、なだれ込んできたのは複数の騎士だった。なぜ騎士がと疑問に思う間もなく、フィアルカを見つけた騎士達はあっという間にフィアルカを取り囲んだ。
「ここ1年程、事故等で身分あるオメガが望まぬ相手と番になってしまう事件が多発している。謝礼を受け取って、強制的に番契約を結ばせていた主犯が医師トラヴィス、お前はその補助であり、共犯だな」
「……え?」
「詰所に共に来てもらう」
事情が飲み込めず、言われたことが理解できない。騎士の言葉が頭でこなれる前に、フィアルカは無理矢理立たされてしまい、ただただ引っ張られていくことしか出来なかった。
連れてこられた詰所の一室は、小さなはめ殺しの窓があるだけで狭く薄暗い。そんな中に2人の騎士と、入口に見張り。圧の強さにフィアルカは薄い身を、さらに縮こませていた。
「――先月のことだ。公爵家のご令嬢が、格下の家のアルファと望まぬ番となって、身投げをした」
「え……」
「オメガは番になってしまえば、アルファと違って番の解消ができず、一生番に縛られてしまう。望まぬ番となってしまったことを、悲観しての身投げだろう」
「望まぬ番……身投げ……?」
「乗っ取りや玉の輿を狙ったアルファが金を積んで依頼したのだろうな。他にもオメガがいる家から同様の被害の声が上がっている」
トラヴィスは職業柄、患者の記録をきっちり丁寧につけていた。診療録はもちろんだが、フィアルカを使っての治療の顧客は一覧にされており、その記録から辿って数々の被害が発覚したのだという。
あまりに突然のことに、未だ咀嚼ができない。しかしとんでもないことになっているだけは理解出来ていて、鳩尾がぎゅっと痛んだ。
「わ、私は……番になるための補助や、花街での手伝いだと……」
フィアルカは混乱しながらもトラヴィスから聞かされていたそのままを答えた。しかし目の前の騎士は、それを言い訳だと取ったらしい。
「お前は自身もオメガだろうが! 同じオメガの者達をこのような目に遭わせて何とも思わないのか!」
「――!」
「落ち着け。お前は黙っていろ」
フィアルカは気付けば震えていた。しかしそれは騎士の威圧によるものでも、怒りを真正面から浴びた恐怖からでもなく、自分が原因で起こったとされる数々のことに対する恐怖によるものだ。
番契約は、騎士の言う通りオメガの側にとっては取り返しがつかない。だからこそ手助けをと聞いて納得していたのに。
自分は騙されていたのだろうか。
「……先生……」
「こいつはアルファで、番をとても大事にしているから、つい感情的になってしまったようだ。その点に関してはすまなかった。話は私が引き継ごう」
「……は、ぃ……」
フィアルカは今までの人生で、自分でこうしようと決めたことはほとんどなかった。それはある意味では考えを放棄して他人に決断の責任を委ねているので、その結果に文句を言う権利も基本的にはない。それにトラヴィスには大恩がある。だからフィアルカを騙していた、利用していたとしても、役に立てたと思えば別にかまわないと本気で思っている。
けれどフィアルカを利用して他人を不幸にしたのであれば、それは許されることではない。
今まで手にした見えない祝福が、幸せのかけらが、鉛のように心にずしりと沈んだかのようだった。
「……?」
さあっと血の気が引いたはずなのに、身体が熱い。
「……!」
「大丈夫か? 少し休憩を……「出てください」
「あ、あ……だめだ。発情が。ここから出て、逃げて」
「私は薬を飲んでいるから大丈夫だ」
「だめ、だめです。私から、できるだけ、はなれて……!」
ものすごい早さで薬を無理矢理ねじ込まれたが、おそらく効きはしない。発情も匂いも強くなる一方だ。
見張りをしていたもう1人の若い騎士がどうやらアルファだったようで、明らかに発情に入りかけている。
今までアルファのように、騎士がなってしまったら。
騎士の力で殴られでもしたら、フィアルカは今度こそ死んでしまうかもしれない。しかしそれも仕方のないことかもしれない、それが罰かもしれないなどと思ううちに、フィアルカ自身の意識も発情に囚われていく。
「で、て……」
「お前は薬を飲んで、別の部屋で待機! 他のアルファの団員も全てこの部屋からは一度離れるように指示を。この者の尋問は私と薬を服用した上で、番持ちのアルファで影響を受けにくい者、ベータの団員が中心となって行う」
何とか最後の力をふり絞って、出て行けと訴えれば、飲ませた薬で治まらなかったこともあってか、2人の騎士だけが部屋に残り、フィアルカを抱えあげてどこかへ運んでいく。
どこに行くのだろうか、という疑問を最後にフィアルカの思考はみるみるうちに曇っていった。
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