試情のΩは番えない

metta

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2 価値のないもの

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 フィアルカはいわゆる「使えない」「番えない」オメガである。
 しかし元々は伯爵家の子で、母は異国の貴族。血統としては申し分ない。幼少期からオメガらしい見た目をしており、かなり病弱だったが、トラヴィスの手術により健康体になってからは、オメガらしく美しい青年へと成長した。そうなれば血筋のよいオメガであるフィアルカは引く手あまた。そのため当初はかなり格上である公爵家の令息と婚約していた。

 しかし発情期を迎え、「いざ番に」と契約を試みる段階になったときのこと。

 互いに発情状態になったにもかかわらず、令息がアルファが性行為や項を噛む行為に至れない。
 ただ、アルファとオメガとはいえ、本能が勝ちすぎてしまったり、反対に上手く発情が噛み合わず、いわゆる番契約兼初夜を失敗することも少なくはない。そのため最初は誰も問題視していなかった。

 しかし再度初夜を試みることとなった際、事件は起こった。

「――せっかくのオメガでも、番えなければ、なんの意味もないではないか!」
「……申し訳ありません……」

 部屋に入ってきての父の第一声がそれだった。
 令息に拒絶され、性的な意味ではなく暴力的な意味で襲われ足を挫き、頬を腫らしたフィアルカへの労りの言葉など、一切なかった。相手は公爵家の人間だ。泥を塗ってしまった形になり、面倒なことになったのかもしれない。

 父の怒りでぼんやりとした目が覚めてくると、記憶も少しずつ蘇ってくる。

 令息とフィアルカは前回と同じく、互いに発情状態となった。そこまではよかった。通常ならそのまま性行為に発展し、アルファがオメガの項を噛むことによって番契約が成立するのだが、令息は、フィアルカを拒絶した。
 突き飛ばされた理由が分からず、フィアルカは「一体どうしたのだろうか」と近づいた。その瞬間、フィアルカの頬に衝撃が走り、目を覚ました時には、屋敷の自室でおざなりに治療されて寝台に転がされていた。
 そしてこの全身の輪郭が曖昧なのには覚えがあった。身体のあちこちが傷んで、それなりの熱が出ている。頬を張られた以降のフィアルカの記憶はない。
 ただ、意識を失う刹那の令息の瞳、それだけははっきりと覚えている。フィアルカに向かって攻撃をしている彼の瞳に浮かんでいたのは、怯えだった。それは人としての意思ではなく、本能からくるものだったようで、明らかな拒絶だった。

「災難だったね」
「先生……」

 叱責のあとも熱は引かず、フィアルカが部屋で休んでいると、主治医であるトラヴィスが診察に来てくれた。失敗し腹を立てていたとはいえ、大事な駒がこれほどの怪我をしたのは不味いと考え、手配してくれたのだろう。
 診察のために服を脱ぐと、トラヴィスはほんの少しだけ表情を歪めて元に戻し、すぐに治療を始める。気付いていない怪我が随分とあったようで、触れられて初めて気付く。一度気付いてしまえば、あちこちが燃えるような熱を持っている。色んな場所が消毒液で沁みて、じくじくと痛んだ。

「君はきっと、オメガとしての特性がかなり強いんだと思う。それに加えて、よりよいアルファと番うためというか何と言うか……」

 トラヴィス曰く、オメガは生き物として変異していく過程で、その他の能力を上げるよりも、魅力的な容姿とアルファを惹きつける匂いを身につけ、アルファを産む確率を高めた。生き残りのために子孫を残す能力に特化したのだと言われているらしい。

「種として残るという目的は成功とは言えるけど、いいことかどうかと言われると微妙なところかもしれないけどね」

 トラヴィスはアルファの中にも特に優れた個体がいるように、オメガにもより優れた個体がいて、フィアルカはそれではないかと言った。特性として、生半可なアルファでは太刀打ちできないのだろうと。
 フィアルカの場合、発情時の匂いはとても強いため、アルファ側の発情ラットは容易に促せる。しかし匂いが強すぎるがゆえに、それに対して本来アルファより弱く、庇護すべきオメガに支配され脅かされること対して本能的な恐怖が勝ってしまい、拒絶反応を起こし、番になることができないのだと。

「だからアルファの側が釣り合わなければ、同じことになる可能性が高い。お父上には僕からよく説明しておくよ」
「釣り合うといっても……」

 オメガとしてのそんな特性が強くて、一体何になるというのだろう。

 相手は見た目もアルファらしい、立派な公爵家の嫡男だった。フィアルカこそが本来ならば身分も能力も釣り合わない相手に対し、しっかりとした血筋のオメガだという理由だけで、なんとか釣り合いを取っていた側である。

 フィアルカは不安に思った。
 そしてその予感は的中する。

 トラヴィスは宣言通り父に説明してくれた。公爵令息についても、縁談の継続は不可とはなったものの、きちんと直接の詫びと誠意ある対応をしてはくれた。

 しかしそれらは、フィアルカの父にとって、なんの慰めにもならなかった。

 それからというもの、父は何とか同格以上の、家に有益となる縁談をと動いていたが、公爵家との縁談が上手くいかなかったとなったとあれば、ろくな話の来ようもない。
 奔走の結果、同格以上を諦めた父は、家格等が下であったり、爵位がなくとも有望そうなアルファと番になれないかを模索し始め、話を進め、フィアルカと番になるよう試みた。
 しかし何度試しても、結果はいつも同じ。そのうちにフィアルカの噂が回ってしまい、縁談の土台にすら上げることすらできなくなる。

 そうなればフィアルカの価値など、なくなったも同然だった。
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