試情のΩは番えない

metta

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1 捨てられΩ

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「私は……お前のせいで望まない番になってしまったのだから」

 そう言いながら見せられたのは、番の証。
 決して消えることのない、フィアルカの罪。

「許せるわけがない」

 時を置いて姿を現した罪は、美しいかたちをしていた。


 +++


 世の中には、男女の別の第一性の他に、バース性というものがある。

 バース性は遠い昔、人がまだ獣だった頃の名残り及び先祖返りだと言われている。
 アルファは首領個体であり、基本能力が全てにおいて高い。ベータは一般的な個体。オメガは本来血を遺すのには能力的に不適とされる個体であり、群れでの扱いも悪く、厳しい環境下であれば、切り捨てられ、淘汰されてきた個体である。
 この国においては、家を継ぐのは一般的に頭脳や身体能力に秀でたアルファが最もよいとされているため、貴族の当主にはそれなりにアルファが多い。オメガは全体的な数こそアルファより少ないものの、オメガからしかほぼ産まれないアルファと違って、バースの別に寄らず産まれてくる確率はアルファよりも高い。

 ただ、血統のいいオメガというのは絶対数が少ないゆえに、正妻がアルファもしくはベータで、妾にオメガというのは珍しくない。オメガに子を産ませ、正妻の子とするということも、ままある話である。
 そんな国であるため、貴族の家でオメガが産まれれば、政略婚でかなり重宝される。正妻になれる血統のオメガというのは、身も蓋もない言い方をすれば、供給の割に需要が多い。下位の貴族でも上位の正妻に、下手をすれば王配にすら手が届く可能性がある。
 特にオメガの男性はアルファの女性と同じく、検査などで調べるまでもなく分かりやすい。二次性徴以前でも成長過程で明らかに第一性の常識と異なる成長の仕方をするからだ。それに加えてオメガの男は幼少期に身体が弱い傾向にあり、大切に育てられ――「大切」がどのようなものかは家によるが、多くは籠の鳥のように育てられる。

「お前の放逐先が決まった」
「……はい」
「オメガだからと身体が弱かったのを治療したのも大金をはたいて手術をしたのも教育に金を掛けてきたのも全て無駄だった。家のために使えぬオメガなど必要ないからな」
「……はい。ご迷惑を、おかけしました」

 フィアルカも、そんなオメガのうちのひとりだった。
 今日、この時までは。

「かかった金も勿論だが、まさか修道院にやることすらできないとは、どうしたものかと思ったが……その医者には何やら使い道があるらしい」
「ええ。ご子息はこちらで引き取らせていただきます」
「もうそやつは我が家の人間ではない。好きにしなさい。家の名は決して名乗ったり使ったりしないように」
「はい」

 そう冷たく言い放つ父の言葉は、確かに他人のものだ。
 これまでも決して優しくはなかったし、フィアルカは単なる駒だった。それでも一応は父の手の内のものではあったのだろうということが、言葉や声の温度が変わったことで分かる。最後の最後にそれが分かるのも、虚しい話だと思った。

「では、失礼いたします」
「……今までお世話になりました」

 トラヴィスがわざとらしく深々と礼をするのに倣ってフィアルカも礼をし顔を上げれば、父はもうこちらを見てもいない。そのまま退室して廊下で使用人とすれ違っても、誰もフィアルカを見ようともしない。
 足早に歩くのについて外に出れば、いつもは淡々飄々としているトラヴィスが、屋敷に向かってべぇっと舌を出す。トラヴィスは眼鏡と長い前髪で目元を隠しているので表情が分かりづらいが、明らかに不快げな顔をして、ずかずかと分かりやすく怒りながら歩いていた。

「先生、少しだけ」

 フィアルカはそう言って足を止め、見上げた。見上げた先には爵位に見合ったそれなりに豪奢な屋敷がある。
 外にあまり出ることなかったフィアルカは、当然屋敷を外から見ることなどほとんどなかった。自分はここに住んでいたのかと、自分の部屋があったであろう位置を不思議な心地で見つめていた。

「こんな家でも、やっぱり寂しく思うものなのかい?」
「……分かりません」

 家族の愛などというものは、ほとんどなかったように思う。それでも価値がなくなるまでは、駒としてではあるものの、大事にされてはいた。

 父から見たフィアルカは政略の駒であり、少し傾きかけた家にとっての奇貨、それ以上でもそれ以下でもなかった。母はオメガで貴族、正妻とはいえ異国からひとり嫁ぎ、父に捨てられることを恐れるばかりの心の細い人だった。
 フィアルカの行き先が決まらないことを不安がってはいたものの、年の離れた弟――恐らくアルファを産んでいるので、自分が捨てられることはないだろうと物言わずに安堵していたのが最後に見た姿だった。

 未練があるかと言われれば、それはないと言い切れる。ただ、その心うちを表す言葉をフィアルカは持ってはおらず、迷子のように自分の家だったものを眺め、立ち尽くすことしかできなかった。

「……僕は孤児だからさ、その辺分かってあげられなくて申し訳ないけど、そろそろ行くよ」
「はい……お待たせして、すみませんでした」

 引き取り手であるトラヴィスの言葉でハッとしたフィアルカは屋敷に向かって、何に対するものかも分からない一礼をする。

 そして何ともいえない表情でそれを見ていたトラヴィスの元へ、急いで駆けていくのだった。

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