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21 振り返らない
しおりを挟む「……少し時間かかるかもしれないけどいいか?」
「――? 何かは分からんが、別にいいぞ」
「ありがとう」
「頼んだぞー」
「変なやつ」
サルファ達に見送られたエイルは一旦宿に立ち寄り、荷物の中から封筒と便箋を出した。久方ぶりにきちんと筆を手に取り、言葉を選びながら手紙をしたためていく――とは言ってもだらだらと書くつもりはないので、淡々と必要事項を綴り、手紙に封をして騎士団へと向かう。
着いて早々事情を説明した結果、数名の騎士が一緒に現場へ向かってくれる事となった。少しだけ待つように言われて待機していると、一人の騎士がエイルの方へ歩いてくるのが見える。エイルは素早く立ち上がって礼をした。
「エイル――やはり君か」
「……先生、お久しぶりです」
声を掛けてきたのは宿でグレンに話し掛けようとしていた騎士だ。この騎士はエイルを騎士団に推薦してくれた学舎時代の恩師で、その時は騎士団から出向して剣術の講師をしていたと聞いていたので、古巣に戻ったのだろう。
「私以外からも推薦があったし、 騎士団に入ったものとばかり思っていたのに。出向から戻ったら君は騎士団に入っていないどころか行方知れずと聞いて心配していたが……冒険者になっていたのか」
「はい」
自分のせいではないにしろ、不義理をした事には変わりない。エイルは「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
「いや、何か事情があったのだろう。もし君が良ければ、今からでも口を利くが」
そう惜しんでくれるのはありがたいし嬉しい。だが以前のようにそれに縋りたいとは思わない。エイルは騎士の言葉に「いいえ」と小さく首を振った。
「騎士団に入る口利きは、お気持ちだけで。先生には別のお願いがあるのです」
「何だ?」
「グロウリオン夫人にこれをお渡しいただけないでしょうか」
エイルは宿で書いた手紙を差し出せば、騎士は怪訝な顔をしている。当然だろう。
「……前騎士団長の奥方に?」
「はい」
「理由を聞いても?」
「それは義母に聞いていただければ。私の口からは言えません」
"義母"という言葉に、騎士は一度目を見開いてエイルをまじまじと見つめた。そしてゆっくり目を瞑って考えたあと、小さく「分かった」と頷く。
「お手数おかけして申し訳ありません」
「いや、この程度は手数に入らんよ……また何かあったら訪ねてきなさい。気づいてやれなくてすまなかった」
「気づかれては駄目なところなので」
「違いないが」
これが義母の手に渡れば、騎士団はある程度グレンから手を引くだろう。手紙を渡して何だか気持ちが軽くなったところで、ちょうど騎士達がやって来る。エイルは恩師である騎士に再び会釈し、騎士達とともにサルファ達の元へ、振り返ることなく戻っていく。
サルファには「時間がかかるかも」とは言ったが、結局大した時間は経っておらず、エイルが騎士達を連れて戻っても、まだ男達は伸びたまま。兄弟はサルファの隣で寄り添って座っていた。
兄の方は泣き腫らした顔をしていたが、表情はそれほど暗くはない。サルファも物言いに腹立ちはするが、根は悪い人間ではない……というより比較的いい部類な気がする。性格がアレで分かりにくいだけだ。
拘束された上で気付け薬を嗅がされた男達がよろよろ歩かされて連行されていく。その後ろから少し離れて少年の兄も連行されていく。
「兄ちゃん……」
「ま、騎士団で説教されたらそれですむだろ。何せ盗られた奴がお人好しだからな」
「何だかんだ言って……」
あんたも案外お人好しだろと言おうとして、エイルは口をつぐんだ。じろりとサルファは睨むが迫力はやはりない。可笑しくなったエイルが笑うと、ますます不機嫌そうになり、エイルはさらに笑った。
「おーい戻ったぞ」
「サルファもエイルもお疲れ。……あれ、結局その子の兄貴は?」
「盗みを働いた事に違いはないから、騎士団に連れて帰って貰ったわ。爺さん、迎えに行って諸々の話は、後で家族だけでやってくれ」
「あと、グレンさんの凪焔も一旦回収されているので、あとで取りに来て欲しいとの事です」
「じいちゃん、この人たちのお陰で色々未遂で済んだよ。あと、ええと、グレンさん。兄ちゃんがすみませんでした」
「別にお前のせいじゃないからお前の謝罪はいいよ」
少年の下げた頭をグレンが撫でると、少年は泣きそうになるのを堪えて俯く。
「本当に迷惑かけて申し訳ない……兄さん、脇差は完成だ。綺麗に根元から折れて長さが残っていたから、出来るだけ長めにした」
「おぉ……」
「すげぇ」
手渡された脇差をグレンが掲げる。煌めく刀身に皆が見蕩れ、特にグレンと少年は刀身と同じくらいに黒い瞳を輝かせていた。
「わ……」
少しだけ感嘆の声を漏らし、それきりグレンは黙ってしまった。しかし嬉しいという感情は全身から溢れている。
「……すごい。本当にタダでいいのか?」
「孫が迷惑掛けたからな。だが儂としちゃ、金なしでも久々に刀が打てたことは嬉しいから得した気分だ」
「なら遠慮なく。それと……」
グレンは鍛冶師に礼を言い、金を差し出す。遠慮なくと言ったのに何故金を払うのか。
「それで爺さんの刀を打ってみてくれ。これは出来た刀を売った金で返してくれたらいいから」
「おい……」
サルファが呆れ混じりに睨むが、グレンはどこ吹く風だ。
「とりあえず騎士団寄って宿に戻ろう。疲れた」
「まあ……お前がそれでいいならいいわ。それより」
「――"所有印"?」
「無事刀も戻って折れた刀も生まれ変わったが、二本管理するのは危ないんじゃねぇのかって。だから所有者がお前だという魔術式を刻んだらどうかと思ってな」
「そんな魔術があるのか」
珍しく真剣な顔のサルファに、グレンは耳を傾け、エイルは口を閉じた。
「俺が使える訳じゃねぇけど……伝手がある。しばらく預けて貰う必要があるが」
真剣な様子のサルファをグレンはじっと見つめ、じゃあ任せると言って脇差となった花施火を渡した。
「全然詳しく話してないんだが」
「お前とは何だかんだ長い付き合いだし、それぐらいの信頼はしてる」
そう言ってグレンは騎士団で返してもらったら、凪焔も渡すと言うが、それを慌ててサルファが止める。
「いや、念のため1本ずつな。いきなり2本は俺が怖ぇわ」
「ビビってんのか。珍しい」
くつくつと笑うグレンにサルファが照れている。
エイル入ってはいけない2人の間合い。ただ、エイルは以前ほど面白くないとは思わなかった。
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