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20 親の因果が子に報い
しおりを挟む「――とは言ったものの……何か君の兄の行き先に心当たりはないのか?」
「一応……最近つるんでる奴らの所じゃないかなと思うけど。案内するよ」
「お前もついてけ」と鍛治師に言われた少年と共に、エイルは街外れの少し治安の悪い場所を歩く。
貧しさが場所を荒ませ心を荒ませるのか、それとも心の荒みがそれらを呼ぶのか。どちらが先なんだろうかと思いながら、エイルは少年とともに、ところどころ壊れた道を歩いた。
すると半刻ほど歩いたところで、雰囲気に似つかわしくない、子どものような若い声が聴こえてくる。
「離せよ!」
声の方へと走り出す少年を追いかけた先では、サルファが刀を持った青年を捕まえている。
「……! 兄ちゃん!」
頭を鷲掴みにされた少年の兄らしき青年は確かに黒髪黒目で少年とよく似ているが、少し背が高く声も低い。
「お前、どの立場でもの言ってんだ。普通の金貸しが確実に金返して欲しいってんなら餓鬼じゃなくて爺さんの方に行くに決まってんだろ。馬鹿たれが。爺さんに内緒でお前が標的の時点で、目的は金じゃねえよ」
「――おい!」
サルファはかなり苛ついているのだろう。魔術が使えないエイルでも分かるほど魔力が溢れている。自業自得とはいえ、少年の兄は可哀想なくらいに怯えている。エイルは止めようとしたが、制止の声は届いていない。
「おい! ……ちょっと、サルファ……さん!」
仕方なく初めてエイルが名前を呼べば、サルファはそれにようやく反応した。
「……突然名前呼びでさん付けとか、何だひよっこ。おい、餓鬼。とにかくこの刀は返せ。これはあいつの親父が遺した形見で、大事な大事なもんだ」
エイルの呼びかけでサルファはすっと魔力を引っ込め、刀を少年の兄から奪うようにして取り返した。
「……結局どういう事なんだ?」
「あの鍛冶屋の場所を地上げされたくなかったら、金目のもん持って来いって小悪党に騙されてんだよ……ったく。とにかくお前は一旦騎士団に突き出させて貰うからな」
「金になりそうなもん持っていかなきゃ、爺ちゃんの店が……!」
「これは人のもん! 店の権利にしたってお前の爺さんのもん! 何べん言わすんだこの馬鹿たれ!」
「店の権利!? また父ちゃんか!?」
兄の言葉に少年が叫ぶ。
「……どういう事だ」
「俺達の父ちゃん、店の金、持ち逃げしてて」
「なるほど……それで金がないのか」
そういう事情があるなら、子どもが脅されてそう思い込むのは分からなくもないが、鵜呑みにして盗みに手を出すのは如何なものか。それに少年くらいの歳なら百歩譲ったとしても、兄の年ではどうかと思う。
「まあ俺達にはひとつも関係ねえがな」
「それはそうだ」
それを聞いて兄弟が俯く。確かにサルファの言う通りではある。しかし親が原因で苦しむ子どもというのは、自分を重ねる訳ではないが、決して気分のいいものではない。
「……いや、関係ないとは言い切れない」
「あ?」
「今こいつらの爺さんが、グレンさんの刀を打ち直してる」
「――お前、グレンを連れてったのか」
サルファに再び剣呑な雰囲気が漂う。しかしエイルにそれは効かない。
「あんたが何も言わずに行くからグレンさんが心配したんだろうが。で、鍛冶屋行って爺さんと話して、信用できると判断した」
「……で? グレンは何してんだ」
「今は爺さんが刀を打つのを見ている」
そう言って非難めいた金目を、同じように非難を込めて見つめ返すと、サルファは肩をすくめた。多少は先走った自覚はあるようだ。
「……ならどうにかするかぁ……ただし、お前はこれが済んだら騎士団には突き出すからな」
兄弟は展開についていけておらず、びしっと指差された少年の兄が身体を強ばらせた。少年もつられて強ばらせているが、エイルは大丈夫だと少年の頭をそっと撫でた。
「助けられるかやってみてくれるってさ」
「この人素直じゃないんだよ」と言うと、パッと顔を上げた少年は忙しなくサルファとエイルを交互に見る。それに対してサルファはじろりとエイルを睨むが、迫力はさほどなかった。
「……保証はしねえが、まともな借金取りじゃねえならまあ、どうにかなるだろ。おら、行くぞ」
大きく溜め息をついてがりがりと頭を掻きながら、サルファは少年の兄の背をばしんと叩く。
「う、うん……!こっちだ」
背中を押して歩かせた少年の兄についていった場所は、治安の良くない場所にある割には、一見ギルドのように整然としていた。少年の兄が挨拶をしながら立て付けの悪い扉を開くと、奥から不機嫌な声がすぐさま飛んでくる。
「――遅い!ちゃんと金か返済に充てれそうなものは持ってきたのか?」
「あ、あの、それは……「借金が誰のか知らんけど、こんながきんちょだけに言うなんて、本当に返して貰う気あんのかぁ?」
「誰だお前」
奥には身なりのいい男が1人、手前には荒くれ者風の男が3人。少年の兄の後ろにいるサルファとエイルを訝し気に見るが、一瞬身構えてすぐに警戒を解く。子連れの上に、サルファが魔力を抑えているのもあり、大したことのない若造だと判断したのだろう。
「お兄さん方、そちらの餓鬼はうちに借金があるんだ。痛い目見たく……ぐぁぁッ!」
にやつきながら油断して近づいて来た男は、最後まで言葉を発することができず、その場で崩れ落ちる。部屋の中にいた男達全員同様だ。ぱちぱちと弾ける余韻が、雷の魔術が使われた事を現している。
「『そちらの餓鬼はうちに借金がある』って。……まさか、がきんちょの名前で嘘の借用書作ってたりしねーよな……?」
子どもに金貸すのはもちろん違法だ。もしそこまで馬鹿だったら楽ではあるが、逆に心配になる。
「……サルファさん、ある程度は加減しろよ。喋らせないと」
「それはこいつら次第だろ」
そう言って見渡すが、誰一人動く気配はない。
「えぇ……マジかぁ……弱ぇ~……」
エイルの出番どころか、サルファの出番もほぼなく片付いてしまい、先制攻撃をしたサルファ本人も兄弟もエイルも皆がぽかんとしてしまう。
「……まぁいいか。それよりこいつらの父ちゃんの借金っつーのは本当かね。今の発言だとそれも怪しいが」
「子どもに金目のものを持ってこさせるような奴等は、どちらにしても騎士団の世話になってもらえばいいのでは。借金の真偽はそこで証明したらいいだけだろ」
「違いない。じゃあひよっこ、騎士団呼んで来い。俺はこいつら見張ってるから」
「分かった……」
……騎士団。
そういえば宿に集まっていた時、グレンを被害者として以外の反応を見せる者はいなかった。ただ結構な騒ぎになってしまったので、グレンはたくさんの騎士に見られている。そのうちバレて、また逃げなければならないかもしれない。
ただ、今のところは逃げれば済む話だが、せっかく刀鍛冶を見つけたのに。騎士だけではなくギルドに手を回されたら。逃げてるだけでは何も解決しないのではないだろうか。
グレンは真面目で善良で、何の落ち度もないのに、これからもこんなことをずっと続けていくのだろうか。
エイルは少しだけ自分と相談し、心を決めた。
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