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18 刀泥棒
しおりを挟む「――なあっ! あんたら!」
「……うん?」
自分達のことかと呼び掛けに振り向けば、そこには10歳程の少年がいた。そのままじっとこちらを見ているので、無言で2人が自身を指させば、少年はそうだと力強く首を縦に振った。
「がきんちょ、俺らに何の用だ?」
「昨日飲み屋で見たんだけど、あんたら、仲間に東国の人がいたよな? 東国出身で剣士だったらあの人さ。刀、刀使ってないか!?」
興奮して捲し立てる少年に、サルファとエイルは思わず顔を見合わせる。
「使っていたら何かあるのか」
そう質問をすれば、「おおありさ!」と少年が勢いよく距離を縮めてくる。
「俺の爺ちゃん、鍛冶師なんだよ。東国の出身だから刀鍛冶も出来るんだけど、刀を頼みに来る人がいなくて寂しがってるからさ、もし持ってたら打たせて貰えないかなってさ」
「――へえ、刀鍛冶。珍しいな」
確かにそう言われてみれば、少年は黒髪かつ薄い顔立ちをしている。東国の血が混ざった人間かもしれないと思わせるには説得力のある見た目だ。
「使っているかどうかと言われると、使っているところを見たことがない。だから話だけはしてみるが、それでいいか」
エイルがそう言うと、少年は一瞬がっかりしたが「話をしてみる」の部分で、ぱっと顔を明るくした。
「う、うん! それでいい! 店の場所書くから話する時に渡してくれ。あの兄さんが持ってなかったとしても、持ってる人に心当たりあったら是非宣伝してほしい」
少年はそう調子のいいことを言いながら鍛冶屋の場所を帳面に書き付けていく。
「期待はすんなよ」
「分かってる。でもよろしくな。あんたらまだしばらくこの町にいるんだろ?」
少年は冷たく念押しするサルファを気にした様子もなく、帳面に書いた地図を破ってエイルに渡す。まだこの町にいる予定だと返せば嬉しそうに人懐っこい笑みを浮かべた。
「なら来てくれることを祈ってるよ! じゃあな!」
ぶんぶんと手を振って地図にある鍛冶屋の方面へ走っていく少年。その姿が見えなくなるまで2人で見送ったあと、エイルがぽつりと溢した。
「グレンさんにいきなり会わせるのはやめた方がいいかと思ってああ言ったけど、よかったかな」
「その判断は正しいだろ。がきんちょではあるが、警戒して損はない。ぬか喜びもさせたくもねーし。飯買ったら一旦宿に戻って、俺らだけでその鍛冶屋に行ってみるか」
グレンに言うのはそれからにしようぜと言うサルファにエイルも賛成し2人は再び歩き出した。
「思ったより町外れだったな」
「音が凄ぇ」
グレンに食事を買って一度宿に戻ったあと、2人は少年の描いた地図を頼りに鍛冶屋へ足を運んだ。
少し町の外れの鍛冶屋はカンカンと金属を叩く独特の音を周辺に響かせている。日頃利用している販売店も兼ねた鍛冶屋とは違い、まさに工房といった感じだ。
中を覗けば東国の言葉で書かれた書が見え、"質実剛健"と添えてある。まさにその通りなんだろうなと思わせる硬派さ店にはあった。
「こんにちは――!」
工房の入口に入って奥を覗けば、じいちゃんと思われる鍛冶師が一心不乱に剣を打っている。鎚を振るう音でこちらの声は全く聞こえていない。エイルはすうっと息を吸い込んだ。
「こーんーにーちーはー!」
「おい爺さん!!」
「…………何だお前ら」
大声にやっと顔を上げた老人は、いかにも頑固職人といった愛想のない対応で、少年の愛嬌とは真逆だ。それを見てサルファはにぃっと笑い、エイルは眉を寄せる。少年は不在のようだ。
「爺さんの孫だって名乗るがきんちょに声を掛けられたんだが、爺さんあんた刀が打てるって本当か?」
「……お前ら刀使いにはとても見えんが」
「俺らの知り合いに刀を使う奴がいるんだよ。もしあんたが刀を打てなかったらがっかりさせちまうし、危ないから先に確認に来たんだ」
「ああ、なるほど。刀は希少品で高値がつくから危ないわな。うちは商売っ気がないから一からは材料が仕入れられん。用意してもらえば打てる」
「補修修繕は?」
「それならすぐ出来るぞ」
その回答に2人は思わず目配せをする。
「信用できんなら金は後払いでもいい。刀打たせて貰える方がありがたい」
「それは持ち主が決める事だから、とりあえず話してみるよ」
「是非に」
じゃあ、と工房を後にしたエイルとサルファはしばらく歩いたあと、どちらともなしに視線を向ける。
「当たりっぽかったな」
「まだ分かんねぇが、まあ、グレンを連れてきてやってもいいだろ」
エイルの昇級に、グレンの刀を直せる鍛冶師。
なかなか運が向いているのではないだろうか。2人は表に出さずとも、内心浮かれていた。
……のだが。
「……何の騒ぎだこれ」
早速グレンに話そうと2人が宿に戻ると、複数の騎士が出入りしていて何だかとても騒がしい。どこからどう見ても非常事態である。
何事かと観察する2人の姿を見つけた宿屋の主が急いで駆け寄ってくる。その焦った様子に2人ともが不審に思う。
「サルファさん、エイルさん! た、大変だ。グレンさんが……!」
「――! グレンさんに何があった」
「こらお前ら。主を脅すな」
軽く殺気立つ2人に声を掛け、気怠げにのたのたと歩み寄ってきたのはグレンだ。その姿を見て、2人は宿の主に詰め寄るのを止めた。
「グレンさん、何があったんですか」
「……白昼堂々、目の前で刀を盗まれた」
「……は?」
「はっきり言って半分はお前らのせいだぞ……」
聞けば、まだ本調子でなかったグレンは食事の後も横になって休んでいた。
「休んでいたところへ泥棒が入ってきてな……」
グレンは気配を消して隙を窺い、泥棒が物色を始めた瞬間声を掛け、剣を握った。
「……まではよかったんだが……本調子じゃないからそのまま崩れ落ちて動けなくて……火の魔術を放つか悩んだが、確実に宿の一部は燃やしてしまうと躊躇している間に逃げられてしまって……」
「宿泊客以外を通しちまった宿の責任だから燃やしちまえばよかったのに。ここはそういうのがしっかりしてるからこそ高ぇんだし」
「そういう訳にはいかないだろうが」
「あーまあまあ……ともかく……盗んだやつの特徴は?」
「恐らく子どもだ……と思う。それと布で覆ってはいたが、黒髪黒目だ」
黒髪黒目。それと子ども。
宿を燃やしてしまうからというのも理由のひとつだろうが、グレンの性格的に相手が子どもだから躊躇したのだ。エイルの脳裏には、あの人懐こい笑みの少年が浮かぶ。
「おいそれ――「君! ……ん? 君は……」
エイルとサルファにも話を聞きたいと側にやって来た騎士がエイルをを見て一瞬妙な反応を示す。しかしすぐに何事もなかったかのように簡単な聞き取りをした後、ふと思い出したようにグレンにも「そういえば」声をかける。
「盗まれたのが刀だという事だが、銘はあるのかい?」
「あ、はい。『凪焔』です」
「銘ありか……被害の品は相当な値かもしれない。弁償するより宿を燃やして貰って修繕した方が、安くついてよかったかもしれないな」
「ひぃぃ……! 申し訳ありません……!」
「ただまあ、足はつきやすいと思うから」
「はい」
グレンと騎士が話している傍らで、サルファはずっと真剣――というよりは怒りだろう。ひりつくような魔力を漏らしている。
「めい、銘、名前、か。……なあ、銘って折れた方にもあんのか?」
「折れた方は凪焔より下だが一応……|『花施火』って銘だ」
「ふぅん……分かった。まあ、とりあえずお前は引き続き休んでろ」
どこ行くんだとグレンが止める間もなくサルファは走り出してしまう。
「あっ、おい! サルファ!?」
「それより君――「すみません隊長! こちらへ来ていただけなせんか!?」
「……分かった! また見つかったら連絡させて貰うよ」
グレンが頭を下げ、騎士は少し後ろ髪引かれながらまた調べに戻っていく。エイルがほっとする傍ら、グレンは憮然としている。
「にしても何だあいつ。心当たりでもあるのか……?」
「恐らく、なんですが」
首を傾げるグレンに、エイルは少し迷って少年と刀鍛冶の会話を伝える。グレンは口元を押さえて考え込んでいた。
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