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08 人工淫魔
しおりを挟む「グレン君は淫魔って知ってる?」
「淫魔――」
知っているか知らないかで言えば、知ってはいる。魔族の種族のひとつで、人間の精気を食らう特性があり、性衝動を呼び起こすような優れた容姿をしていると聞いたことがある。
ただ、人間と魔族が停戦没交渉となって既に久しく、人間の領域で倒された魔族は現在すべて封印され、見つかれば封印ごと魔族領に引き渡している。そのため今となっては本当にいるのかどうかも定かではない。
「知ってはいるが、それが一体何なんだ」
「実は、淫魔のような性に振り切った存在が欲しいというご要望があってね」
「要望……」
ということはこの男は、誰か身分の高い人間の手先かお抱えの商人といったところか。
「魔族は須く封印されている。それを放つのは犯罪だ」
「そう、淫魔だって弱いとはいえ、魔族だ。探して見つけられたとして、御せるとも限らないし、君の言うとおり魔族を解き放つのは犯罪だ……淫紋も今は使えないしね」
魔族を解き放つのと同じく、淫紋を犯罪奴隷以外に施す事も、法で固く禁じられている。それはそうとして、話が全く見えない。サルファとはまた違った感じで人を食ったような態度の男にグレンの苛々は募る。
「だから何だと聞いている」
「そこで僕が目を付けたのが、スライムなんだよ」
「……は?」
「僕はね、あのダンジョンで、スライムの体液を餌とする特性を利用して、人の手で淫魔を作る実験をしていたんだよ。君の中にいる子は特に人の体液を好む個体を選りすぐった子をベースにしていてね」
確かにスライムは個体によって体液の摂取方法も違えば、好むものも違う。魔物や動物の体液を好む個体もいれば、人の体液を好む個体もいる。人それぞれならぬ、スライムそれぞれだ。
「スライムはさ、肉質の特異性がなければ雑魚中の雑魚でしょ? だから人に融合させても大した驚異にはならない」
淫魔、人の体液を好むスライム、融合。
嫌な予感しかしない。それでも聞かずにはいられない。
「まさか……今の俺は……」
「食事と人の体液の両方が必要な、半分スライムの身体ってわけ。その様子だと、思い当たる節があるよね」
「最悪だ……よくも……!」
「それはこっちの台詞だよー!」
男が困り顔になる。その緊張感のない被害者面に、そんな顔をしたいのはこっちだとグレンは更に苛立つ。
「こっちだって君みたいな男らしい子……まあ君なら東国混じりだから顔も若く見えるし、筋肉質でも小柄な方でマシだけど、それでもそんなつもりじゃなかったからさ」
「どういう事だ」
「そのスライムは、元々花街の人間用に作ってるんだよ。体液を求める性質、中から濡れる、掃除だってしてくれる。とっても便利仕様でしょ? いい仕事してると思うんだけどな」
「よくそんな事が言えるな……! そんな体質にされてしまった娼婦や男娼は、多量の体液なしでは生きられない身体になってしまうって事だろう。この屑が……!」
多量の体液が必要であれば、1番手っ取り早いのは性行為を繰り返して子種を得ることだ。そうなれば身体を売るのが1番効率がいい。年季が明けたとしても、花街から離れられなくなる。
淫魔などよく言ったもので、本当に非人道的、最低最悪の所業だ。
「へぇ、案外正義感が強いんだね。僕は人様のご要望にお答えするだけなのに、屑なんて酷いなぁ。まぁ、新人引率を真面目にやってるくらいだから、それはそうか」
グレンが睨むと、図星なのか先程までの自信に満ちた男の笑みはすっと消えた。口元だけを緩ませて誤魔化している。
「とにかく予定外ではあるけど、君は成功体だから、ご協力頼むよ。君ならまぁ、まだ『いける』って人も多くてさ、そういう人を集めてみたからさ」
「入って」と男が指を鳴らすと、三人の男達が奥から姿を表す。娼館は話をするためだけではなく、こういう用途のためとは。最低最悪が更新される。
「断る。そんなの死んだ方がましだ」
「だからね、成功体の君にその選択権はないの」
決定事項として話す男には怒りしか湧かない。それを逃がすように、肺を潰す勢いで息を吐きながら、グレンは再び目の前の男を睨み据えた。
(しかし、趣味が悪すぎやしないか)
男娼というものは確かに一定数いる。だが男同士というのはそれほど一般的ではない――と思っていたが、金と穴さえあれば何でもいいのか、グレンが知らないだけで、案外いるものなのか。
グレンは自分のことを「いける」と宣ったであろう三人の男を若干他人事のように観ていた。実力はグレンをここまで連れてきた男達と比べて、同等か少し下くらい。雰囲気も粗野だ。多勢に無勢は変わりないが、人数は減っている。
それにこの場には街中のように無関係な人間はいない。ボヤは出るだろうが、犯罪者に協力するような店に遠慮はせず、厳しければ術を使おう。弁償を言われたら面倒だが、なるようにしかならない。それより何よりまず主張だけはしておかないといけないと、グレンは対応を決めた。
「見ず知らずの野郎なんぞごめん被る。それより人をこんな身体にしやがって……戻せ」
「こちらもその意見は聞けないなあ。君は一応成功体だし。ここで一度捕食の様子を見せてもらって、今後も協力してもらわないと。そもそもは君がうちのスライムを倒して持ってちゃったからじゃないか」
「初心者用ダンジョンで勝手にやっておいて何を!」
「諦めな。可愛がってやるからさ――っ!?」
グレンは肩に触れようとした男の手を避け、顎に思い切り肘鉄を入れた。上手く頭が揺れたのか、男はへたりと座り込んで蹲る。
想定通り男達は思ったより強くはなさそうだが、それだけではないはず。スライムの持ち主だという男も、護衛のようなものを連れていないことから、恐らくは魔術か何か、身を護る手段を持っている。それでもグレンに出来るのは抵抗だけだ。
室内なので剣は抜かず、体術で応戦するが実力的に拮抗しているのが2人、術を使うかと考えはじめた時、グレンの脚はぐんと重くなり、逆方向に引っ張られるような感覚に襲われた。その隙をつかれて、あっさり羽交い締めにされてしまう。
「大人しくしな」
「――くっそ……!」
足が重くなったのは減速の魔術を掛けられた事が原因と思われるが、グレンも能力低下対策のために、護符や護石を常に身に付けていて、無策なわけではない。にも関わらずその護りを突破して動きが鈍るという事は、この男はかなりの魔術師だということになる。
「ここは借宿みたいなものだからさ、そういうのも止めてね」
捕まったグレンが火を放とうとすると、グレンの手を中心に水が包み込み、じゅう、と火を消されてしまう。舌打ちしてグレンは踠いたが、魔術を相殺された上に動きを押さえ込まれてしまっては何も出来はしない。
後ろ手を縛られ、何人もが寝られそうな大きな寝台に放り投げられる。背中から落ちて弾み、着地すると同時にぎしりと寝台が軋んだ。腿の上に肘鉄を食らわせた男が乗り、血走った目をしていて、青筋が浮いている。まさに怒り心頭といった様子だ。
「こいつ……よくも……!」
「どうせヤられるのは一緒なんだから、大人しくしてりゃよかったのに」
「顔は殴るなよ? さすがに萎えるかもしれねえ」
「あーあー」
グレンの上に乗る男が拳を振り上げるが、他の男達は半笑いで振りかぶるのを止める様子はない。 殴られるのは分かっていても、目を瞑って怯える様子を見せるのは嫌だ。
「観察が目的だから多少ならいいけど、あんまり痛めつけないでおくれよ……?」
「――そこまでだ」
グレンが覚悟しつつぐっと睨みつけていると、魔術師の男の、人を食ったような笑んだ声が突然止まり、自分に向かって振り下ろされようとする男の拳を誰かが掴んだ。
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