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4.探偵の目覚め

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「じんくん! 早く起きて! 起きて! 大変なの!」

「ん? なんだよ、ひとみん……。こんな朝から……」

「寝ぼけてる場合じゃないよ! 早く!」


 鳩山はとやま服部はっとりに促され部屋を出る。どうやら、用は外にあるらしい。
 なんだろう、リビングに違和感を覚えたが、服部が手を引くので後回しだ。

 外は相変わらず真っ白な世界。コテージから離れたら、すぐに遭難しそうだ。
 吹き付ける雪を片腕で避け、服部が指差す方向へ目をやる。何も見えない。
 服部は口を動かし、何かを必死に伝えようとしてくる。風が邪魔で聞こえない。


「ぜんぜん、聞こえないぞ!」

「……さんが、……でるの!」


 鳩山は服部の手を掴み、指差していた方向へ進む。
 微かな灯りが見える。暖炉用の薪置き場だった。
 そこでは、柴田しばた兎本うもとが雪だるまの前に立ち、何かをしている。


「これは……?」

「わからない。薪を取りに来たら、この子がいた」

「え? これって……森由もりよしさん?」

「何、どういうこと? 鳩山くん!」


 兎本が鳩山の肩を掴んで来る。どういうこととは、鳩山が聞きたい話だった。
 『森由 秋沙もりよし あいさ』彼女は、鳩山と服部の同級生だ。
 怪我のために、コテージへの招待券を鳩山と服部に譲ってくれた、明るい女子。

 その女子が、どうしてこんな所にいるのか。それも……


「死んでる……のか?」

「僕が見る限り、だとね」


 柴田の表情は暗い。
 『森由 秋沙』は雪だるまの中に埋め込まれるようにして、ぐったりしていた。
 顔は白く、目を閉じている。雪だるまの内側は、赤黒い。


「あまり近くで見ない方がいいよ。首を切られている……」

「どうして、どうして秋沙ちゃんが!」


 服部の叫び声。どうしてだ、それも鳩山が一番知りたいことだ。
 森由の代わりに、自分たちがこのコテージへ来た。にも、関わらず……


(なんで森由がこんなところに? しかも、殺されている?) 


 まるで『森由 秋沙』を狙っていたとしか思えなかった。
 ぎりぎりと歯を噛みしめる。寒いはずなのに、胸の中が焼けるようだった。


「森由……いや、目白さんもだ。もしかしたら、まだ続くかもしれない……」

「じんくん、どういうこと?」

「瞳、これは同一犯による殺人事件だ。コテージへの招待は、何か目的がある」

「えっ?」


 服部は驚いたように目を見開いている。

 わざわざ、欠席者の森由を殺して、薪置き場なんて場所隠しておく。
 見つけてくれ、いや、見せつけているかのようだった。

 行きずりのトラブルや偶然なんてことは、さすがにありえないだろう。
 鳩山は直観的に、『コテージの招待客を殺す』そんな意図を感じ取った。

 『目白 結衣めじろ ゆい』と『森由 秋沙』にどんな繋がりがあったのか。
 それはまだわからない。それでも、事前に仕組まれていたことはわかる。


「いいぜ……。これが計画的な殺人事件だって言うのなら……」

 鳩山は、高らかに宣言をする。

「俺が解いてやる! 俺に不可能なんてない。ばっちゃんの教えにかけて!」


 これ以上、被害者を出してはいけない。
 鳩山は胸の中で、固く決意した。


◇◆◇


 ぱちぱちと薪の爆ぜる音だけが、リビングには響いている。
 木目荒々しいテーブルが中央に鎮座し、それぞれのテリトリーを仕切る。
 一同は先ほどの光景に言葉もなかった。

 相変わらず、太陽は雲と雪で隠れている。事件と同じく、昼か夜かも不明瞭だ。


「……先ほどの子は、君たちの知り合いだったのかい?」

 兎本が口を開く。定位置の暖炉横に座っているが、表情には影が差していた。

「……はい」

「名前は……森由さんだったかな?」

「はい。『森由 秋沙』ちゃん……。よく『森 由秋沙もり ゆあさ』に間違えられるって」


 服部も兎本と同じく冴えない表情で応えている。
 鳩山、服部、森由の三人は同じクラスだ。服部、森由は女子同士で仲がよい。

 そんな人間が死んだ、ましてや殺されたとなれば、憔悴はなおさらだろう。
 慰めてやりたいと思いつつ、事件を解くことを優先した。


「柴田さん、さっき拾ったこれですけど……どう思います?」

「あぁ、僕もそれは気になっていてね。『生贄の鳥。森 由秋沙』か……」


 『森由 秋沙』の隠されていた雪だるまには、そんな紙が入っていた。
 柴田の元に届いたという手紙と似て、文字を切り貼りした文章が記されている。


「きっと、犯人からの物だろうね。これと同じさ」

 柴田は自身の元に届いた手紙を指す。

「えぇ、俺も同じ考えです」

「それで、意味はわかるかい?」

「多少……ですが……」


 森由の遺体側に置かれた手紙から見ると、二つのことが推測できた。

 一つ目は、森由を生贄に例えた……つまり、意図的に殺したということ。
 二つ目は、『森由 秋沙』を『森 由秋沙』と捉えていたのでは、ということ。

 なぜ鳥に例えていたのかはわからない。もちろん、たまたまかもしれない。
 それでも、『仔羊』などを選ばない理由が何かあったとしたら。


「実はさ、僕にはこの『鳥』の意味がわかったんだよ」

「えっ、どういうことですか?」

「僕はこういう仕事だからさ……」


 そう、柴田と話している途中だった。
 けたたましいアラームの音がリビングに響き渡る。
 馬鹿みたいに大きな音。思わず鳩山は耳を押さえつつ唸った。


「なんだ、もうみんな起きてるだろう?」

「じんくん! 違うの! これ……っていうか、雀部ささべさんが、ずっといないの!」

「えっ?」


 服部の言葉に、柴田と兎本の顔色が変わる。
 兎本が雀部の部屋へ駆け寄り、どんどんと扉を叩き出す。
 耳を刺すような音のアラームは、雀部の部屋から出されている。


「雀部さん! 雀部さん! いますか?」

 だが、雀部の返事はない。

「ねえ、じんくん。 これってもしかして……」


 鳩山は服部の前に手を出して制す。
 服部の言いたいことはわかっている。だからこそ、さっさと確かめなければ。


「兎本さん、柴田さん、蹴破りましょう!」


 男三人で扉の前に立つ。さすがに、三人で力づくにすれば扉は開くだろう。
 しかし、その扉を開けようとした直前、何かに気づいた。
 中からアラームの音に混じって、小さな機械音がする。


『カチカチカチカチ……』


 まさか爆弾。鳩山がそう思った瞬間にはもう、柴田が体を動かしていた。
 鳩山と兎本を抱えてリビングに倒れ込む。
 背中から、まるで見計らったような完璧なタイミングで大きな爆発音。


「く……くそ…… さ、雀部さん」


 鳩山は何とか立ち上がったが、目がちかちかした。耳もきーんとする。
 扉があったはずの場所へ近寄ると、雀部の部屋は火に包まれていた。
 そして、ベッドの上には森由の時と同じように、『雪だるま』が置かれている。
 ただの『雪だるま』じゃない。身動き一つしない雀部が埋まっていた。


「雀部さん! 雀部さん! 大丈夫ですか?」

 返事はない。鳩山は雀部の部屋へ足を踏み入れる。

「駄目だ、鳩山くん。下がれ!」


 柴田が後ろから鳩山の腕を引っ張った。がらがらと木片が天井から落ちてくる。
 油でもまかれていたのだろうか。やけに火の回りが早い。


「くそ!」

 兎本が思い切り床を殴りつけた。奇遇だ、鳩山も壁を殴りつけていた。

「じんくん、それより手伝って!」


 服部がバケツで廊下に水を撒いている。
 確かに、リビングまで延焼されては全員が焼死か凍死してしまう。
 だが、水を撒くだけでは心もとない。炎を遮る方法はないかと頭を回転させる。


「あった!」

「えっ、じんくん? どこへ?」

「ちょっと屋根の上に!」


 雪の多い地方では、屋根に積もった雪を取り除く必要に迫られる。
 ゆえに、このコテージ建物にも屋根へ続く階段があった。


「あっ、柴田さん!」

「手伝ってくれ」


 同じ結論に至ったのか、屋根の上には柴田がいる。
 非常時の柴田は、予期しているみたいに動きが早すぎる。
 さっき、天井の落木からも助けてくれたし、修羅離れしているのは年の功か。


「せーの!」

 屋根に積もった雪を雀部の部屋へ向けて落とす。
 ずしゃっという音がして、おびただしい雪が屋根から滑り落ちていく。
 客室のあるガーデンハウスとコテージを繋ぐ短い廊下。
 これを雪で潰してしまおうと二人は考え付いたのだ。


「これで延焼が止まってくれたらいいが……」

「そうですね、柴田さん。助かりました」

「いやいや、君こそ」


 柴田は肩で息をしながら、滑り落ちた雪の塊を眺めている。
 彼はどこか物憂げな様子で、何かを思い出しているようだと鳩山は感じた。
 何かあったのか、そう聞きたいところだったが、戻るのが先だろう。


「柴田さん、戻りましょう。さすがに、冷えます」

「あぁ、そうだね」


 がらん、と雀部のコテージが炎に包まれて崩れていく。
 森由と同じく雪だるまに詰められていたと考えれば、雀部は殺されたのだろう。
 しっかり生死の確認をした訳ではないが、もう雀部のコテージは見る影もない。
 例え生きていたとしても、助かるとはとうてい思えない。

 鳩山と同じような考えを、柴田もしているのかもしれない。
 彼の瞳はどこか悲しそうに、雪に埋もれたコテージを眺めていた。


「なんとかコテージに燃え移りませんでしたね」

「そうだな。僕たちが雪だるまにならずに済んだ……おっと」


 屋根から降りる途中、柴田の下げていたポーチの中身がこぼれる。
 先ほどの騒動でずいぶん暴れたので、どこか引っかけたのかもしれない。


「大丈夫ですか? ……これは?」

「これは僕のしゃざい……いや、取材ノートだ」

「すごい。こんなに詳細に。近くのスキー場で起きた事件の物ですか?」

「そうだね。ちょうど一年ほど前かな。何人かのスキー客が遭難しかかってね」

 柴田の視線はどこか遠くを見つめている。

「たまたま一台のスノーモービルが通りかかって、体力の残っていた数人を救助したんだけど、乗り切れずに何人かを置いていったらしい」

「それが兎本さんの妹が亡くなった事故。さらに、雀部さんも関わっていた」

「そういうこと。どうやら、目白さんもそうみたいだね」


 被害者の『目白 結衣』、『雀部 由恵』の二人が絡む事故。
 鳩山は兎本の言葉を思い出して、事件の全容が見えてくるのを感じた。


「ところで、この『鵜飼 洋』ってのは……?」

「あぁ、それは僕の本名さ。こんな仕事だからね、柴田はペンネーム」

「じゃあ、もしかしてさっき言いかけた『鳥』の意味って」

「名前かもね。森由さんはわからないけど」


 リビングに入る。外と比べると、ずいぶん暖かい。
 雀部の部屋へ続く通路は、とりあえず食器棚で塞いでいるようだ。
 服部がかけよってくる。兎本は暖炉の横で、丸椅子に座っていた。


「じんくん、大丈夫だった? 大きな音がしたけど」

「あぁ、なんとかな」

「それより、瞳……。……って、……だってこと、ない?」

 服部はきょとんとした顔で目を丸くしている。当たりかな、そう思った。

「そうだけど、どうして?」

「やっぱりそうか。でも、この状況だと……」


 どうにも腑に落ちない。おそらく、柴田も気づいているはずだった。

 昨日、兎本が言っていた言葉を思い出す。
 『相互不信になって、全員が殺し合う』それはまさに、今の状況だった。

「柴田さんは……犯人が誰かを、わかっている。そうでないとおかしい」


 鳩山は服部に向けて耳打ちをする。必要な頼み事だった。
 これは長かった事件の終わりの合図。そして、犯人にとって、終わりの始まり。
 鳩山はついに、事件の謎すべてを理解した。


「謎はすっかりきっちり解けた。解決までの道はいつも一つなんだ」

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