『やり直し』できる神さまと私のすれ違い

吉川緑

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未来編

2-6.クロの回想

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 『時の庭園』の中央に置かれたテーブル。

 その周りには三つの影がある。幽閉中の娘ルル、時の神ユア、そしてクロだ。向き合って座るルルとユアの間に、時計が二つ重なった小さなだるま姿のクロが浮かび、滑稽な姿に似合わない重苦しい表情をしている。

 時の神の使い魔でもあるクロは、記憶を辿るように目を宙へ向け、語り始める。


「その事件は十八年前、まだ我が人間であった頃に起きたのだ……」


◇◆◇


 レクタタープに木箱や机を運び込んだ程度の簡単な観測所。しかし、これから行われる実験は時代の先を行くものだ。


「さぁさぁ、準備は整ったかね?」


 その声の主の名は『ボン・ボール』

 丸顔で白衣姿の中年、つまりボン・ボールは周囲の面々に声をかけていく。腹もでっぷりとして丸く、まるでこけしを太らせたような姿に見えることだろう。
 顔にちょこんと生えた髭をいじるのは癖だ。大きな実験の前では、はやる心を落ち着けながら、ゆっくりと準備の状況を見て回らなければいけない。


「場所はオーリア州の東砂漠、天候は目も眩むほどの晴れ。気温は32℃。風速は……ごくわずか。これから実験を開始します」


 置かれたレコーダーへ記録を吹き込んでいる助手の様子に、ボン・ボールは頷いて周囲へ合図をする。両手を挙げて指を立てると、ボン・ボールはゆっくり周囲の面々へと声をかけた。


「この実験は魔道具の進歩を大きく進めることになる。魔法と化学の融合、その第一歩となるのだ」


 周囲の研究者たちは一様に頷いている。ボン・ボールはその様子に満足し、観測用に作られた席へ腰掛ける。土嚢とひさしの隙間から外を眺めると、はるか遠くの実験場が目に入った。

 思わず、独り言がこぼれてしまう。


「マナ粒子の連鎖反応実験……爆薬の連鎖反応を魔法へ応用する……か。これが安定して制御できれば、『時を戻すこと』ですら不可能ではなくなるだろうな……」

「実験始めます! カウントダウン。10から……」

「3、2、1、ゼロ!!」


 次の瞬間、何が起こったのか分からなかった。
 気づくと、ボン・ボールは崩れた観測室の中で倒れていた。傍にいたはずの助手や目の前にあったはずの土嚢も見当たらず、ボン・ボールは果てしなく広がる砂の上で倒れていたのだ。


「がはっ。ごほっ」


 何が起きたのか? とボン・ボールは問おうとしたが、声は出なかった。代わりに咳と血が口から流れた。
 何とか立ち上がったボン・ボールが顔の砂を拭って目を開くと、実験場には巨大な穴が空いていた。まるで隕石でも落ちたようだった。


「じ、地面が丸ごと消えている?」


 地平線が欠け、不自然な地鳴りを感じる。大きな揺れの始まりにボン・ボールは再び砂に手をついた。地震だった。轟音と地響き、そして砂が裂けていくのが見えた。


「か、神よ……」


 実験は、ボン・ボールたちの想定していたものと違う形で決着した。その実験はこれまで世界に存在していなかった『魔法爆薬』と言うものを生み出し、科学の添え物に過ぎなかった魔法を、戦争での主流へと押し上げた。正確には、『魔法爆薬』が、ではあるが。

 この『魔法爆薬』は先に使った方が勝つ。使われた側には何も残らない威力だと、ボン・ボールは実験の場に起きた破壊を述懐した。仮に爆発から生き残った人がいたとしても、空気中に残ったマナの汚染により倒れて行くだろうとも。
 悪魔の兵器『魔法爆薬』をボン・ボールは生み出してしまったのだ。


「……私は、魔道具の発展を望んでいただけなのだ……。こんな爆弾を作るのではなく、魔法を……もっと多くの人に役立てようと……」


 それから間もなく、世界はこの『魔法爆薬』により、堰を切ったように争い合うことになる。多くの人々が消滅し地形も変わり、星の滅びを、引き返せないところにまで進めていく。


「お前の起こした罪を『やり直し』たくはないか?」


 争いにより滅びの道を歩むきっかけを引き起こしたボン・ボールへ、そう声をかけてきたのが『時の神ユア』だった。それ以来、ボン・ボールは、その姿を時計へと変えて、ユアの使い魔として生きることになる。


 時の使い魔『クロ』その罪とは、世界を滅びに向かうきっかけとなった『魔法爆薬』を作ったこと。そして、クロとはボン・ボールその人なのであった。


◇◆◇


「最初は我も実験の結果を隠蔽しようとしたのだ。砂漠の果てであったし、失敗したことにしようとした。しかし、どこからか嗅ぎつけられてしまってな。その実験の後、二年……いや、三年ほどであったか……根こそぎ奪われた資料から爆弾の量産が始まり、各地で使われ始めた。皮肉なことに我の商会はそれで発展したが、十年も経てば死の商人呼ばわりよ」

「……私が住んでいた国は田舎でしたから、あまり耳にはしていなかったのですが、隣国では大勢の人が亡くなったと聞きました。その頃から、少しずつ国境へ若い人から送られるようになり、私の街も寂れて行ったのを覚えています」

「争いとは、どこかで始まると手がつけられなくなるのだ……。ユア様、大変申し訳ないのですが、我は少し疲れました……。少しだけで構いません。休んでも良いでしょうか?」

「構わない」

「感謝いたしますぞ……」


 そう言って、クロは物言わぬ時計の姿へ戻る。ルルはどう反応したものか掴み切れず、眉間にしわを寄せた。この事件とルルの間に、思い当たる関係は正直見当たらない。


「ユアさま、お話はとりあえず分かった……と思うのですが……。事件、クロさんの起こした事件が起こったのは十八年前ですよね? その頃、私は三歳です。何かができるとは思えないのですが……」

「その通りだ。それを確かめるために、過去と未来、それを見て欲しい」

「……未来……つまり、この先に私が何かをしでかしていると?」

「私はそう考えている」


 ユアの言葉にルルはうーん、と腕を組んで、頭をひねる。こうして囚われている身で、何ができるのだろう、そんな疑問しか浮かんでこない。

 未来を見ても、単に星が滅びているだけではないのか、ルルはこれまでの経験を総動員してみるが他に思いつかなかった。思いつかないなら、自分より詳しそうな人間、いや、神様に従う他にない。


「分かりました。きっと、何か私にはまだ知らない何かがある、ということですよね」

「今はまだ何とも言えないが、おそらくな」


 ユアの表情は硬い。何かを予測していて、口には出せないような、そんな姿だとルルの目には映った。


「ひとまず今日はもう、休むと良い。私も疲れた」


 そう言って、ユアはクロを掴んで去っていった。

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