『やり直し』できる神さまと私のすれ違い

吉川緑

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未来編

2-4.犯人は私です?

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「クロさん……。あれ……」

「うむ……。ユア様だ」

「さては、ユアさまがチーズを盗んだ犯人ってことですか……」


 クロと小声でやり取りすると「さっさと白状しておけよ」とばかりに、ルルはじとっとした目をユアへ向ける。視線に気づいた身を隠すユアは、「違う違う」と口をぱくぱくさせながら手で否定する。肩を軽くつつく感触にルルはクロの方を見ると、クロは小さい指で『窃盗犯ユア』をさしている。


(クロに指があるの、初めて知った……)


 場違いな感想に若干唇を歪めると、ルルは指差された方を見る。『窃盗犯ユア』の方を見ると、その窃盗犯はチーズの塊を掴んで扉の方へ歩いていく。このまま『窃盗犯ユア』を逃すわけにはいかないと、ルルは身を低くして後を追う。


「あれは俺だが、俺じゃないからな」


 訳の分からないことを言うユアへ、湿気たっぷりの視線でルルは返事する。三人揃って、扉の影からそっと外へ目をやると、そこにはさらに驚くべき光景があった。

 『チーズを手のひらに持つ窃盗犯ユア』、『無表情で腰に手を置く愉快犯ルル』、『困ったように眉を下げる人質クロ』、そんな風に表現するしかない見慣れた面々がいた。


「過去の私たちよ! このチーズは私がもらい受けた!」

「馬鹿者!それでは、強盗の口上ではないか!」


 両手を広げて高らかに宣言した『愉快犯ルル』は『人質クロ』に後頭部を叩かれている。頭を押さえてしゃがみ込む『愉快犯ルル』の姿を見て引き攣った表情をする『窃盗犯ユア』が粒子を振りまき始めると、犯行一味たちを包んでいく。そうして、姿は見えなくなった。


「ど、どういうことですか、あれは?」

「う、うぅむ…。我にもどういうことやら」

「恐らくだが……あれは少し先の俺たちだ」


 神官からチーズがないと言われ、過去に遡った三人、つまり私たちだ。私たちは、『窃盗犯ユア』らにチーズを目の前で持ち去られている。このまま元の時間に帰ればチーズは手に入らない。

 ルルにはあんな行動をした記憶も、クロに叩かれた記憶もない。あれ、痛そうじゃなかったか、と思い直してクロを睨みつけるが「我だって知らんぞ」とでも言いたげに目を逸らされた。


「私たちにチーズを攫った記憶はない。つまり、これからさっきのチーズをもらいに行く。そういうことですか?」

「たぶん、な。どれくらい先の話かは分からないが……」

「これから行くことも出来るのですか?」

「もちろんだ。いつ行っても構わないが、さっさと行く方が問題は少ないだろうな」


 滔々と話すユアは久々に『時の神』の顔をしている。言葉を要約するとこうだ。


 『未来は、一つの結末へ向かう、大きな流れに沿っている。ただ、先ほどの様に小さな分岐も時折起こり、複雑に入り混じっている。一見すると小さな事柄でも、その分岐の果てに大きな分かれ道が生まれることもある。だから、出来る限りその分岐は正し、大きな流れに戻さなくてはいけない。』


(なんだか、ややこしくて頭がこんがらがるな。)

「人間たちは『バタフライエフェクト』なんて呼んだりもするな。蝶が羽ばたけば彼方に台風が起こると言ったことを説明した言葉だが、まぁ、イメージとしては近い」


 なんだか難しい説明に、ルルは唇を尖らせる。『チーズを攫いに行かないと面倒事が起こる』そういうことだと理解したが、それなら早い方が良いのだろう。ルルがユアへ目を向けると頷いて、手のひらから粉雪が舞い始める。


「あ、ちょっと待ってください。クロ」

「なんじゃ?」

「後頭部を叩くのは、止めてくださいね」


 ユアが少し苦笑しながら頭を押さえたクロを見ている。「あれはおぬしの発言が悪かろう」とクロは、肩をすくめた。ルルはどこか楽しそうに、ユアの肩にしがみつく。


(移動魔法を唱えてもらう時、術者に触れるのは当たり前だからね)


 鼓動が暴れ、手からは熱を感じる。音が消えて、景色が変わり、時間が遡った。無事、チーズを手に入れることが出来たが、クロからは、頬に指をぐりぐりつきつけられた。何を言ったのかは、内緒である。


◇◆◇


 事件は解決した。しかし、ユアには解せない点が一つ残った。
場所は例の密談スペースである。『メビウスの輪』のような紋章の光だけが部屋を照らす。


「クロ、さっきの事件だが、どう思う?」

「いまのユア様が、理由もなく過去をあのように修正するとは思えませんな」


 どこか苦々し気に呟くクロの表情は暗い。ユアもまた同じように、何か思案しているのだろう。形の良い眉間に皺をよせ、頬に人差し指を押し付けている。

 ユアたちが過去から未来へチーズを持ち去ったことで、チーズは消えた。
だが、それは『修正の結果』という話である。

 一番最初にチーズが無くなったのはなぜか?その理由は分かっていないのだ。



「誰かが、いた。かもしれないか」

「考えたくはない話ですが……」

「仕方ない。念のためではあるが、……を付けておいてくれ」


 その言葉にため息を吐くクロは、不安気に首を左右に振った。


「分かりました……。ですが、ユア様……」


ひどく気が進まなそうに、そして、躊躇いがちにクロは口を開く。


「我から言うことではありませんが……。神と人は相容れませぬぞ」

「分かっている」


 どこか遠くを見つめるようなユアの目は、透き通った宝石の様に美しい。『時の神ユア』彼は、その気になれば、この時間をずっとやり直していつまでも『彼女』と一緒に過ごすことも出来る。

 それにも関わらず、これまで一度もなかった『念のため』の一手を打つ。『時の庭園』に誰かがいたかもしれない。それは、時間を司る神にとっては前提を覆す話でもあり、やり直しをしなくなったユアにとっては無視できない懸念事項だった。


「いい加減、ルルに未来を見せねばなるまいな」


 そう呟くユアは、凛々しい青年の顔ではなく、『時の神』たる冷たい表情をしていた。
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