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未来編
2-3.チーズはどこへ消えた?
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整った顔立ちの凛々しい青年こと、『時の神ユア』。彼が生み出した『神の庭園』では、神官が食事を作っている。毎朝、チーズとクレープを飽きもせず食べている、ある客人。偏食気味のその客人が、朝、昼、夜と三食続けて同じ物を食べるようになった頃、事件が起こった。
「夕食の準備をしていたのですが、気づいたらチーズがなくなっておりまして……」
「それでは、夕食にチーズクレープは食べられないのですね」
嘆かわしさとやるせなさを表情に浮かべ、ルルは顔を俯かせる。その様子にクロとユアがやってきて、どういうことかと神官へ訊ねた。さも不思議な出来事が起こったというように、神官は首をひねっている。
「一時間程前まではあったのですが、どういう訳か今見たところなくなっておりまして……」
「ううむ。だが、そんなことはあるはずなかろう。この庭園に誰かが忍び込むなどありえぬ」
「クロの言う通りだな。どこかに動かしたりはしていないのか?」
困惑の表情を強くした神官は額に手を当てて、どう釈明しようか悩んでいる様子だ。それならこうしたら、とルルはピンときた表情でユアとクロの方を向く。積極的に試したい方法ではなかったが、困り顔の神官を放っておくほどルルは冷たくない。
(これは『やり直し』じゃない、人助けだから。私はやり直したい訳じゃない。違うから……)
「ユアさま、この庭園内で時を遡ることは出来ますか?」
「あぁ、もちろん出来るが……。良いのか? 過去に戻るのは……」
「えぇ、これは人助けですからね。何が起こったのか、見に行きましょうよ」
人差し指をそっと立て、ルルはどこか妖艶な笑みを浮かべる。興味と嫌悪の入り混じったような複雑なルルの表情に、ユアはごくりとつばを飲み込んだ。軽く息を吐いて凛々しさを取り戻すとユアは、掌からきらきらとした粒子を周囲に放つ。
「ユアさま、私などのためにわざわざお手を煩わせて申し訳ございません」
「気にするな。俺のためでもある」
丁寧に礼をする神官を横目に、ユアは掌を頭上に掲げる。雪のような粒子がユア、ルル、クロを包んでいく。「きれいだ」とルルが思った瞬間、景色が変わっていた。
「……ここは、調理場?」
「あぁ、いつもここで保管している様だからな。面倒を省くために場所も変えさせてもらった」
「でも、庭園だと過去にきたのかどうか全くわかりませんね」
「ふむ……」
ルルの言葉にもっともだとユアは頷く。時の庭園では時計が意味を為さないし、日の光が陰ったり雨が降ったりすることもない。おかげで、ただでさえ寝起きが良くないルルは、不機嫌の化身とも言うほど寝起きが悪くなっている。
ユアは白い装束の胸元から、変わった形の砂時計を取り出す。本来なら上下の二つだが、上二つ、下二つの四つに分かれている。砂時計の上部を『未来』、中央のオリフィスを『現在』、下部を『過去』と表すとしたら、未来と過去が二つずつある形……と言えば良いだろうか。
「これは?」
「これは時間をどれくらい移動したか分かる物だ。普段は両方均等に砂が流れていくが、移動した分だけ過去や未来に片方から砂が移動する。」
ユアは伸ばした指を砂時計に乗せている。言われてみれば下部、つまり過去の砂の量に差があることが見て取れる。この分だけ過去へ移動した、と言うことなのだろう。なるほど、とルルは頷いて、興味深そうに砂時計を眺めている。
「ち、近いぞ……ルル」
「あ、すいません。めずらしいものでしたので、つい」
「……して、チーズの行方はどうであろうか?」
ユアとルルの様子を伺っていた忠実な使い魔が口を挟む。頬を赤らめたユアを見て、ジャッジさながらブレイクをかけたのだろう。近づきすぎていたことに気づいたルルも、ゆっくり息を吐きながらユアから身体を離す。
(……駄目だ。この人は神様、この人は神様……。何も考えてはいけないの)
ユアはどこか残念そうだが、クロのブレイクは話をスムーズに進めるには良いタイミングだろう。
「そうでしたね。あそこに置かれているようですが……」
「そうだな。神官に聞いた通り、一時間前にはたしかにあったようだ。ん、待て」
ユアが手でルルとクロに隠れるよう合図する。幸い、調理場には作業台や氷の魔結晶を使った保管箱などの遮蔽物が多い。ルルとクロは手近にあった作業台の影に身を伏せると、入ってきた人物に目を丸くした。
「夕食の準備をしていたのですが、気づいたらチーズがなくなっておりまして……」
「それでは、夕食にチーズクレープは食べられないのですね」
嘆かわしさとやるせなさを表情に浮かべ、ルルは顔を俯かせる。その様子にクロとユアがやってきて、どういうことかと神官へ訊ねた。さも不思議な出来事が起こったというように、神官は首をひねっている。
「一時間程前まではあったのですが、どういう訳か今見たところなくなっておりまして……」
「ううむ。だが、そんなことはあるはずなかろう。この庭園に誰かが忍び込むなどありえぬ」
「クロの言う通りだな。どこかに動かしたりはしていないのか?」
困惑の表情を強くした神官は額に手を当てて、どう釈明しようか悩んでいる様子だ。それならこうしたら、とルルはピンときた表情でユアとクロの方を向く。積極的に試したい方法ではなかったが、困り顔の神官を放っておくほどルルは冷たくない。
(これは『やり直し』じゃない、人助けだから。私はやり直したい訳じゃない。違うから……)
「ユアさま、この庭園内で時を遡ることは出来ますか?」
「あぁ、もちろん出来るが……。良いのか? 過去に戻るのは……」
「えぇ、これは人助けですからね。何が起こったのか、見に行きましょうよ」
人差し指をそっと立て、ルルはどこか妖艶な笑みを浮かべる。興味と嫌悪の入り混じったような複雑なルルの表情に、ユアはごくりとつばを飲み込んだ。軽く息を吐いて凛々しさを取り戻すとユアは、掌からきらきらとした粒子を周囲に放つ。
「ユアさま、私などのためにわざわざお手を煩わせて申し訳ございません」
「気にするな。俺のためでもある」
丁寧に礼をする神官を横目に、ユアは掌を頭上に掲げる。雪のような粒子がユア、ルル、クロを包んでいく。「きれいだ」とルルが思った瞬間、景色が変わっていた。
「……ここは、調理場?」
「あぁ、いつもここで保管している様だからな。面倒を省くために場所も変えさせてもらった」
「でも、庭園だと過去にきたのかどうか全くわかりませんね」
「ふむ……」
ルルの言葉にもっともだとユアは頷く。時の庭園では時計が意味を為さないし、日の光が陰ったり雨が降ったりすることもない。おかげで、ただでさえ寝起きが良くないルルは、不機嫌の化身とも言うほど寝起きが悪くなっている。
ユアは白い装束の胸元から、変わった形の砂時計を取り出す。本来なら上下の二つだが、上二つ、下二つの四つに分かれている。砂時計の上部を『未来』、中央のオリフィスを『現在』、下部を『過去』と表すとしたら、未来と過去が二つずつある形……と言えば良いだろうか。
「これは?」
「これは時間をどれくらい移動したか分かる物だ。普段は両方均等に砂が流れていくが、移動した分だけ過去や未来に片方から砂が移動する。」
ユアは伸ばした指を砂時計に乗せている。言われてみれば下部、つまり過去の砂の量に差があることが見て取れる。この分だけ過去へ移動した、と言うことなのだろう。なるほど、とルルは頷いて、興味深そうに砂時計を眺めている。
「ち、近いぞ……ルル」
「あ、すいません。めずらしいものでしたので、つい」
「……して、チーズの行方はどうであろうか?」
ユアとルルの様子を伺っていた忠実な使い魔が口を挟む。頬を赤らめたユアを見て、ジャッジさながらブレイクをかけたのだろう。近づきすぎていたことに気づいたルルも、ゆっくり息を吐きながらユアから身体を離す。
(……駄目だ。この人は神様、この人は神様……。何も考えてはいけないの)
ユアはどこか残念そうだが、クロのブレイクは話をスムーズに進めるには良いタイミングだろう。
「そうでしたね。あそこに置かれているようですが……」
「そうだな。神官に聞いた通り、一時間前にはたしかにあったようだ。ん、待て」
ユアが手でルルとクロに隠れるよう合図する。幸い、調理場には作業台や氷の魔結晶を使った保管箱などの遮蔽物が多い。ルルとクロは手近にあった作業台の影に身を伏せると、入ってきた人物に目を丸くした。
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